文化帝国主義

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文化帝国主義(ぶんかていこくしゅぎ、: Cultural imperialism)とは、ある文化または言語を別の国に植えつけ、発達させ、他文化、言語との差別化を図るなどの政策方針、あるいはその行為そのものを指す。通常、文化を植え付けるのは経済的にまたは軍事的に強大な国(列強先進国)で、後者は小国、あまり力を持たない国(開発途上国)である。文化帝国主義は、有効でかつ正式な政策、または一般的な態度としての形態をとることができる。この用語は、通常、非難的な意味合いで用いられ、外国の影響を拒絶する際に使われることが多い。

歴史[編集]

この概念は古代ギリシャにおける競技場劇場公衆浴場などの文化が被征服地などで根付き、当地において人々がその慣習に浸ったことに端を発す。当時のギリシャ共通語であるコイネーの浸透によってギリシャ文化が行き渡ったことも大きな要因と言えよう。

近代になると、欧州列強がアメリカに進出、植民地化の速度を上げるにつれ、スペインポルトガルフランスイギリスオランダなどのヨーロッパ各国が自国の経済力を増大させることを目論み、競って領地獲得に名乗りを上げた。こうしてできた植民地において欧州列強は自国の文化や言語を強要した。19世紀帝政ロシアソ連ロシア語などを浸透させる活動を行っている。

文化帝国主義の例として、1549年コーンウォールの反乱(祈祷書反乱英語版)が挙げられる。この反乱ではエドワード6世が制定したイギリス一般祈祷書(「共通祈祷書」とも)が英語で書かれたものであり、非英語話者を抑圧するものだったという主張がある(統一法英語版参照)。英語がラテン語にとってかわり、カトリックへの圧力とみられる動きの中で英語が教会の言語として強要されるようになった。これは英語が国民言語となるよう意図したものである。当時、コーンウォールでは英語はほとんど話されず、理解する者も少なかったからである。

一方でイスラム教信者によって征服された地域はアラビア言語や文化が流布した。モロッコからインドネシアに至る広範な地域において現地の様々な言語、宗教建築技術習慣、果ては名称に至るまでもアラブ・イスラム文化と融合された。この例としてはイスタンブールハギア・ソフィア聖堂が著名である。当初は聖堂、すなわちキリスト教教会モスクへと改宗、転用されたのである。非ムスリムの地と経済、政治、文化の面において日常的に接触・交流を維持してきた多くの場所でこの伝統の維持を求め、なりの独立運動がおこった。その例としては現存し、今でも継承されているベリーダンスが挙げられる。イスラーム支配地では謙虚さや礼儀を重んじる厳格な規則に従ってタブー視される行為ではあるが、中東のいたるところで散見される。ただし、非ムスリム世界との接触から孤立し続けていた地域ではこうした現存文化への寛容度は低かった。アフガニスタンサウジアラビアのように相当厳格なイスラム法が(しばしば曲解される程度にまで)施行される地域などがそれである。アラビア語の導入を通し文化や教育制度に至るまでにおいても文化帝国主義的な様相が見られる。

アラビア語の普遍化は預言者ムハンマドが現われた紀元後7世紀より現在にわたってアラビア語のイスラーム聖書 クルアーンに記されている内容・言語ともにどんなに些細な変化もなかった、というイスラーム伝統の事実によって部分的に説明がなされる[要出典]。さらに言えばイスラームの伝統はクルアーンを隠喩的で三種類の語から由来する言語であるアラビア語から他言語に翻訳することで言葉の意味のニュアンスに変化が生じてもおかしくないのではないかという問題も抱えている。このようにイスラーム教がどこまで普及してもその信者たちはクルアーン研究のために古典アラビア語を習得することが奨励されている。

理論と論争[編集]

文化帝国主義は多数派による文化変容の強制とされる一方で個人自由意志に基づく外国文化の自発的な受容にも当てはまる可能性がある。これら二つの解釈が存在するためにこの用語の妥当性が問題にされることがある。この用語は個々の会話によって理解のされ方が様々である。

-文化的影響は文化の「受容」を文化的アイデンティティーの危機ととるかその濃密化と捉えるかに解釈が分かれる。従って文化帝国主義を論じるにあたってはこれらが文化の優位性に対して能動・受動的態度を取るかを論じるものなのか、あるいは外来物に存在し、自国文化の産物には部分的に欠けていると考えられる価値を補完しようとする文化的地位や人々について語るものなのかを区別するほうがよい。

外来の産物やサービスは例えば消費主義などのような特定の価値観を表す、もしくは連想させることがある。文化の受容が必ずしもそういうことを連想させるということはないが、外来品やサービスを使用することで外来文化を受動的に吸収している。外来文化の受容が持つこのような特質はしばしば隠れがちではあるが、先にあげたような効力が強いため、専門家の中ではこの仮説を「古めかしい帝国主義」と評する者もいる。また、他方では20世紀終盤から21世紀初頭にかけての新たなグローバル経済においては新しい情報技術を利用することで文化受容の過程がますます容易になってきている、と論じる研究者もいる。この類の文化帝国主義は、いわゆる「ソフト・パワー」から生じるものである。電子植民地主義の理論は単なる問題から全世界的・文化的問題かつ主要マルチメディア複合企業の影響力にまで波及する。またそのような企業ディズニーマイクロソフトに至るまでの大方アメリカ合衆国の巨大コミュニケーション企業の有力な権力に焦点を当てている。

関連項目[編集]