斎藤春枝

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斎藤 春枝
Harue Saito
Volleyball (indoor) pictogram.svg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1949年2月20日(67歳)
出身地 東京都東村山市
ラテン文字 Harue Saito
身長 168cm
体重 65kg
選手情報
ポジション レフト
利き手
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斎藤 春枝(さいとう はるえ、1949年2月20日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。

来歴[編集]

東京都東村山市出身。中学入学時にバレーボール部が創部され、「何となく」入部してバレーボールを始める。宝仙学園高等学校に進学し、インターハイに2年連続出場し活躍した。

教師となるのが夢だったため東京女子体育大学に進学し、1967年ユニバーシアード東京大会代表として優勝に貢献、1970年のユニバーシアードトリノ大会でも準優勝に貢献した。

1971年に夢をあきらめ、日本リーグの全鐘紡(当時)に入部。1974年、全日本入りし、世界選手権において金メダルを獲得した。

日本リーグでもカネボウの2年連続準優勝に大きく貢献し、レシーブ賞を獲得した。カネボウ監督の上野康夫は、「名実ともにうちの好リーダー。円熟の境地に達し、日本一の技巧派」と評している。夢だった教職は鐘紡入部後、同社の系列学校であった鈴鹿高校定時制で叶えられた。現役引退後後年に女子聖学院短期大学で教員を務めた[1]

球歴[編集]

  • 所属チーム履歴
東村山市立東村山第二中学校 → 宝仙学園高等学校東京女子体育大学全鐘紡/鐘紡(1971-1975年 )
  • 全日本代表 - 1974年
  • 全日本代表としての主な国際大会出場歴
  • 受賞歴
    • 1974年 - 第7回 日本リーグ レシーブ賞
    • 1975年 - 第8回 日本リーグ レシーブ賞、ベスト6

脚注[編集]

参考文献[編集]

  • 月刊バレーボール1974年3月号 76-77ページ(日本文化出版刊)