斎藤章児

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斎藤章児(さいとう しょうじ、1940年 - 2019年4月4日 )は、アマチュア野球指導者解説者

来歴[編集]

立教高校から立教大学経済学部卒業。社会人野球のヤシカを経て、1967年4月から東京農業大学第二高等学校監督に就任し、以降27年間で春2回、夏4回、甲子園に出場する。群馬県での高校野球監督就任については、群馬県立桐生高等学校監督であった稲川東一郎への思いがあったと語っている。

2000年から4年間、立教大学硬式野球部監督[1]。2007年に育成功労賞を受賞。 野球のシーズンになると地元群馬テレビの高校野球関連番組に出演していた。

監督から退いた後も講演や執筆活動などを精力的に行った。人間形成の重要性を説き、野球の発展に尽力し続けた[2]

2010年1月に少年野球の指導中に倒れ頸髄を損傷、四肢麻痺となり、晩年は車椅子での生活を送っていた[3]

2019年4月4日、死去[4]。死因は脳出血とみられる[3]

スキャンダル[編集]

立教大学硬式野球部監督就任中の2002年、教え子である多田野数人らがゲイビデオに出演したとの噂がインターネットや週刊誌で話題となり、取材を受けた際の彼の証言が元で出演が決定的になったとされる(週刊現代、2002年10月28日号および同日の東京スポーツ)。

脚注[編集]

関連項目[編集]