新しいSIの定義

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7つのSI基本単位と、現行の定義における基本単位の独立性

国際度量衡委員会 (CIPM) の委員会は、SI基本単位の定義を改訂する決議案を提案していた[1]

この提案は 2018年11月16日に第26回国際度量衡総会 (CGPM) で決議・承認された[2][3][4]。新しいSIの施行日は2019年5月20日(メートル条約が締結された日であり世界計量記念日en:world metrology day)である。

改定の意義[編集]

メートル法の大幅な修正は、一貫性のある単位系である国際単位系(SI)が1960年に公式に発表されて以来となる。SI は、一見したところでは「任意に」定義された 7 つの基本単位と、基本単位から組立てられた 20 の組立単位により構成されている。単位系が一貫性を持ったシステムを形成しているにもかかわらず、基本単位の定義はそのようにはなっていない。今回の CGPM による決議は、基本単位の導出に基礎物理定数を使用することで、これを改善したものである。これにより、SI 基本単位の中で唯一人工物による定義になっているキログラムが物理定数による定義になり、国際キログラム原器が不要になった[5]。旧定義においても、メートルは、既に物理定数によるものになっている。

背景と経緯[編集]

1960年にメートルの定義が国際メートル原器から特定の光の波長に関連づけられたものに置き換えられて以降、基本単位の中で定義が人工物に由来するものはキログラムのみとなった。年を重ねるにつれて、キログラムの定義となっている国際キログラム原器の質量に、1 年で最大 20×10^−9 キログラムの変化があることが分かってきた[6]1999年の第21回総会で、各国の研究機関に対し、キログラムを人工物によらずに定義する方法を研究するよう要請された。

2007年、測温諮問委員会から CIPM に、温度の現行の定義では「20 K(-253.15℃)以下の低温および 1300 K(1026.85℃)以上の高温では十分な計測ができない」という報告がなされた。測温諮問委員会では、現行の水の三重点による定義よりも、ボルツマン定数を基準にした方がより良い温度の計量ができ、低温や高温での計測困難を克服できると考えた[7]

2007年の第23回総会で、CIPM に対し、全ての単位を「定義値とされた物理定数」に基づく定義にするための調査が命じられた。翌年、国際純粋・応用物理学連合 (IUPAP) により承認された[8]。2010年9月に開かれたCCUにおいて、2010年10月のCIPMに提出される決議[9]およびSI文書の変更の草案は、おおむね合意された[10]2010年10月の CIPM は「第23回総会で要求された条件はまだ満たされていないため、現時点では CIPM は SI の改訂の提案は行わない」と決定した[11]

CIPM は第24回総会(2011年10月17日 - 21日)において、検討事項の決議について提示し、新定義の詳細が決定する前であったが、新しい定義についておおむね合意した[12][13]。そして、第24回総会は次回の第25回総会を2015年から2014年に前倒して開催することを決定した[14]

しかし、第25回国際度量衡総会(CGPM)(2014年11月18~20日)においては、「提示されたデータは、新しいSIの定義を採択するには、十分頑強ではない」として[15]2018年に行われる次の第26回CGPMまで改訂を延期することとされた。また再定義のために必要となる基礎定数の新データは2017年7月1日までに論文として受け入れられたものでなければならないこととされた[16]

上記の基礎定数の新データ(複数)は、CODATAが評価して、SIの再定義に必要な精度を備えていることが確認されたので、CIPMはCGPMにおける決議案を2018年2月に決定した[17]

この決議案は2018年11月13-16日に開催された第26回国際度量衡総会の最終日である11月16日に決議承認された。この新しいSIは2019年5月20日に施行[18]される。なお日本の法令上は、計量法第3条の規定[19]に基づく計量単位令(平成4年政令第357号)が、計量単位令の一部を改正する政令(令和元年5月17日政令第6号)により改正され、2019年5月20日に施行することにより変更された。

決議[編集]

この節の記述は2018年11月16日にCGPMが承認した新SIについての決議[20]を基にしている。

CCU は、現行の光速度に加え、4つの物理定数を定義値とすることを提案し、2017年10月に4つの定数を発表した[21][22]。したがって、これらの数値には不確かさはない。

この決議では、以下の物理定数には変更がない。

組立単位(ジュール、クーロン、ヘルツ、ルーメン、ワット)を使用した上記の定義は、基本単位を使用すると以下のように書き表される(ここで、sr は無次元の単位ステラジアンである)。

  • Δν(133Cs)hfs = 9192631770 s−1
  • c = 299792458 s−1·m
  • h = 6.62607015×10^−34 s−1·m2·kg
  • e = 1.602176634×10^−19 s·A
  • k = 1.380649×10^−23 s−2·m2·kg·K−1
  • NA = 6.02214076×10^23 mol−1
  • Kcd = 683 s3·m−2·kg−1·cd·sr

加えて、CGPMは以下のように決議した。

  • 国際キログラム原器は廃止し、現行のキログラムの定義は廃止される。
  • 現行のアンペアの定義は廃止される。
  • 現行のケルビンの定義は廃止される。
  • 現行のモルの定義は改訂される。

基本単位の定義の変更[編集]

決議では、全ての基本単位の定義の文言について、改訂または書き直しが行うこととされた。旧定義と決議された新定義は以下の通りである[23]。また7つの基本単位の新定義の一覧表は[24]にある。

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の提案された定義は、実質的には現行の定義と同じものであるが、計測が行われる条件がより厳密に定義された。

現行の定義 秒は、セシウム133原子の基底状態の 2 つの超微細準位間の遷移に対応する放射の周期の 9192631770 倍の継続時間である。

新定義: 秒(s)は時間の単位である。その大きさは、単位s−1Hzに等しい)による表現で、非摂動・基底状態にあるセシウム133原子の超微細構造周波数ΔνCsの数値を正確に9192631770と定めることによって設定される。

メートル[編集]

メートルの提案された定義は、実質的には現行の定義と同じものであるが、秒の定義のわずかな違いがメートルに伝播する。

旧定義: メートルは、1 秒の 1/299792458 の時間に光が真空中を進む長さである。
新定義: メートル(m)は長さの単位である。その大きさは、単位m·s−1 による表現で、真空中の光速度cの数値を正確に299792458と定めることによって設定される。

キログラム[編集]

キログラムの定義は、現行の定義から根本的に変えられた。旧定義は「国際キログラム原器の質量」であるが、新しい定義はプランク定数を通して光子が持つエネルギーと等価の質量に関連づけられた。

旧定義: キログラムは質量の単位であり、国際キログラム原器の質量に等しい。
新定義: キログラム(kg)は質量の単位である。その大きさは、単位s−1·m2·kg(J·sに等しい)による表現で、プランク定数hの数値を 6.62607015×10−34 と定めることによって設定される。

この変更により、キログラムの定義は秒とメートルの定義に依存することになった。なお、NISTのDarine Haddadらは、2016年6月に相対標準不確かさ34×109である 6.62606983×10−34の値を得[25]、さらに2017年7月に相対標準不確かさが13×109となる値 6.626069934×10−34 を得ている[26][27]。これらの相対標準不確かさは、国際キログラム原器(IPK)のそれ(44×109ないし60×109)を下回っているので(キログラム#キログラム原器の不安定性)、キログラムの定義として使うには既に十分である。

アンペア[編集]

アンペアの決議された定義は、旧定義から大幅な見直しが行われた。旧定義は充分な精度をもって現示するのが難しいが、新しい定義は直感的に理解しやすく、現示するのも容易である。

旧定義: アンペアは、無限に長く、無限に小さい円形断面積を持つ 2 本の直線状導体を真空中に 1 メートルの間隔で平行においたとき、導体の長さ1メートルにつき2×107ニュートンの力を及ぼしあう導体のそれぞれに流れる電流の大きさである。
新定義: アンペア(A)は電流の単位である。その大きさは、電気素量eの数値を1.602176634×10−19と定めることによって設定される。単位はCであり、これはまたA·sに等しい。

この変更により、アンペアの定義はキログラムとメートルの定義に依存しないものになった。

また現行のアンペアの定義では、真空の誘電率が光速度と円周率によって正確な値が定義できていたものの、アンペアの定義が変更される(電気素量の値を定義値とする)ことによって、実験的に求める必要のある不確かさのある値となった。真空の透磁率特性インピーダンス英語版も同様である。

ケルビン[編集]

ケルビンの新定義は、旧定義から根本的に変えられた。旧定義は、水の状態が変化する温度を用いて温度目盛りを定義するものであるが、新しい定義ではボルツマン定数を用いて温度と等価のエネルギーにより表現される。

旧定義: 熱力学温度の単位ケルビンは、水の三重点の熱力学温度の1/273.16である。
新定義: ケルビン(K)は熱力学温度の単位である。その大きさは、単位s−2·m2·kg K−1(J·K−1 に等しい)による表現で、ボルツマン定数kの数値を1.380649×10−23と定めることによって設定される。

この変更により、ケルビンの定義は秒、メートル、キログラムの定義に依存することになった。

モル[編集]

現行のモルの定義は、キログラムに関連づけられている。決議された定義では、この関連をやめ、系に含まれる構成要素の数を定義値とすることでモルを定義する。

旧定義: モルは、0.012 kg炭素12に含まれる原子と等しい数の構成要素を含む系の物質量である。モルを使うときは、構成要素が指定されなければならないが、それは原子、分子、イオン、電子、その他の粒子またはこの種の粒子の特定の集合体であってよい。
新定義: モル(mol)は物質量の単位である。1モルは正確に6.02214076×1023 の要素粒子を含む。この数値は単位mol−1による表現でアボガドロ定数 NAの固定された数値であり、アボガドロ数と呼ばれる。

この変更により、モルはキログラムの定義に依存しないものになった。また、以下の値は不確かさのある値となる。

  • 12Cモル質量。現行の定義では正確に0.012 kg/molである。
  • モル質量定数 。現行の定義では正確に0.001 kg/molである。
  • 0.012 kg12Cの物質量。現行の定義では正確に1 molである。

次の値は、現行の定義でも新しい定義でも、不確かさのある値である。

  • 0.012 kg12Cに含まれる原子の数。現行の定義ではアボガドロ定数に不確かさがあるため。新しい定義ではアボガドロ定数と無関係になるため。

統一原子質量単位(ダルトン)の定義は、現行どおり12Cの質量の1/12のままである。よって、以下の値は変化しない。

  • ダルトンで表したときの12Cの質量。新しいSIの定義でも、現行どおり正確に12 ダルトンである。キログラムで表したときに不確かさのある値となることも、現行どおりである。
  • ダルトンで表したときの原子質量定数 。現行どおり正確に1 ダルトンである。キログラムで表したときに不確かさのある値となることも、現行どおりである。

カンデラ[編集]

カンデラの提案された定義は、実質的には旧定義と同じものであるが、表現が改められた。

旧定義: カンデラは光度の単位であり、周波数540×1012ヘルツの単色放射を放出し、所定方向の放射強度が1/683ワット毎ステラジアンである光源のその方向における光度と定義される。
新定義: カンデラ(cd)は光度の単位であり、その大きさは、単位s3·m−2·kg−1·cd·srまたはcd·sr·W−1(lm·W−1 に等しい)による表現で、周波数540×1012 Hzの単色光の発光効率の数値を683と定めることによって設定される。
SI基本単位(色つき)の提案された定義間の関連と、基本単位と基本物理定数(灰色)との関係

再現性への影響[編集]

全般的な定義の変更は、「実践的技術」(mise en pratique[28]) を用いた基本単位の再現の不確かさに改善をもたらす。

下表にその改善を示す[10][29]

様々な物理学的測定の相対的不確かさ
単位 参照される定数 記号 旧定義 新定義
kg 国際キログラム原器の質量 m (K) 定義値 5.0×108
プランク定数 h 5.0×108 定義値
A 磁気定数 μ0 定義値 6.9×1010
電気素量 e 2.5×108 定義値
K 水の三重点の温度 TTPW 定義値 1.7×106
ボルツマン定数 k 1.7×106 定義値
mol 12Cのモル質量 M (12C) 定義値 1.4×109
アボガドロ定数 NA 1.4×109 定義値

秒の計測の相対的不確かさは 1×10−14 のまま維持され、メートルについても 2.5×10−8 が維持される[30]


注釈[編集]


出典[編集]

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  1. ^ Draft Resolution A On the revision of the International System of Units (SI) Draft Resolution A – 26th meeting of the CGPM (13-16 November 2018),Appendix 3. "The base units of the SI",第3ページ目, 2018-02-06
  2. ^ “On the revision of the International System of Units (SI)” and Voting. 26 th CGPM The BIPM, Published on Nov 16, 2018 採択の動画(5分45秒から12分50秒まで)
  3. ^ The Latest: Landmark Change to Kilogram Approved The New York Times, 2018-11-16
  4. ^ 「キログラム」定義、130年ぶりに改定 物理定数もとに 日経新聞、2018-11-16
  5. ^ Bringing the World Closer to Revised Measurement System, Scientists Update Four Key Fundamental Constants NIST, 2017-10-23
  6. ^ Peter Mohr (2010年12月6日). “Recent progress in fundamental constants and the International System of Units (PDF)”. Third Workshop on Precision Physics and Fundamental Physical Constants. 2011年1月2日閲覧。
  7. ^ Fischer, J. et al (2007年5月2日). “Report to the CIPM on the implications of changing the definition of the base unit kelvin (PDF)”. 2011年1月2日閲覧。
  8. ^ Resolution proposal submitted to the IUPAP Assembly by Commission C2 (SUNAMCO) (PDF)”. International Union of Pure and Applied Physics (2008年). 2011年9月27日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2011年5月8日閲覧。
  9. ^ Ian Mills (2010年9月29日). “On the possible future revision of the International System of Units, the SI (PDF)”. CCU. 2011年1月1日閲覧。
  10. ^ a b Ian Mills (2010年9月29日). “Draft Chapter 2 for SI Brochure, following redefinitions of the base units (PDF)”. CCU. 2011年1月1日閲覧。
  11. ^ Towards the "new SI"”. 国際度量衡局 (BIPM). 2011年2月20日閲覧。
  12. ^ On the possible future revision of the International System of Units, the SI - Draft Resolution A (PDF)”. 国際度量衡委員会 (CIPM). 2011年7月14日閲覧。
  13. ^ “Resolution 1 - On the possible future revision of the International System of Units, the SI” (PDF). 24th meeting of the General Conference on Weights and Measures. Sèvres, France. (17 - 21 October 2011). http://www.bipm.org/utils/en/pdf/24_CGPM_Resolution_1.pdf 2011年10月25日閲覧。 
  14. ^ “General Conference on Weights and Measures approves possible changes to the International System of Units, including redefinition of the kilogram.” (PDF) (プレスリリース), Sèvres, France: 国際度量衡総会, (23 October 2011), http://www.bipm.org/utils/en/pdf/Press_release_resolution_1_CGPM.pdf 2011年10月25日閲覧。 
  15. ^ Resolution 1 of the 25th CGPM (2014)”. Sèvres, France: International Bureau for Weights and Measures (2014年11月21日). 2014年12月14日閲覧。
  16. ^ Timetable for the future revision of the International System of Units News from the BIPM, BIPM, 2015-01
  17. ^ Draft Resolution A On the revision of the International System of Units (SI) Draft Resolution A – 26th meeting of the CGPM (13-16 November 2018),Appendix 3. "The base units of the SI",第3ページ目, 2018-02-06
  18. ^ Joint CCM and CCU roadmap for the adoption of the revision of the International System of Units 3ページ目、2019年の欄
  19. ^ 第三条 前条第一項第一号に掲げる物象の状態の量のうち別表第一の上欄に掲げるものの計量単位は、同表の下欄に掲げるとおりとし、その定義は、国際度量衡総会の決議その他の計量単位に関する国際的な決定及び慣行に従い、政令で定める。
  20. ^ Draft Resolution A On the revision of the International System of Units (SI) Draft Resolution A – 26th meeting of the CGPM (13-16 November 2018),Appendix 3. "The base units of the SI",第3ページ目, 2018-02-06
  21. ^ Bringing the World Closer to Revised Measurement System, Scientists Update Four Key Fundamental Constants NIST, 2017-10-23
  22. ^ (ACCEPTED MANUSCRIPT) The CODATA 2017 Values of h, e, k, and N A for the Revision of the SI BIPM & IOP Publishing Ltd. 2017-10-20
  23. ^ Draft Resolution A On the revision of the International System of Units (SI) Draft Resolution A – 26th meeting of the CGPM (13-16 November 2018),Appendix 3. "The base units of the SI",第3ページ目, 2018-02-06
  24. ^ A concise summary of the International System of Units, SI Table 1 The seven base units of the SI、第2ページ
  25. ^ Invited Article: A precise instrument to determine the Planck constant, and the future kilogram D. Haddad1,, F. Seifert, L. S. Chao, S. Li, D. B. Newell more... Published Online: June 2016 Accepted: May 2016
  26. ^ Measurement of the Planck constant at the National Institute of Standards and Technology from 2015 to 2017 (PDF) D. Haddad, et al., Published 28 July 2017
  27. ^ New Measurement Will Help Redefine International Unit Of Mass July 2, 2017
  28. ^ “mise en pratique”. http://www.bipm.org/en/si/new_si/mise-en-pratique.html 
  29. ^ Ian Mills (2010年10月). “A Note to the CIPM from Ian Mills, President of the CCU: Thoughts about the timing of the change from the Current SI to the New SI (PDF)”. CCU. 2011年1月1日閲覧。
  30. ^ William B. Penzes. “Time Line for the Definition of the Meter (PDF)”. 2019年3月17日閲覧。

書籍[編集]

臼田 孝、”新しい1キログラムの測り方 - 科学が進めば単位が変わる”、ブルーバックスB-2056、講談社、2018年4月20日第1刷、ISBN 978-4-06-502056-2

安田 正美、”単位は進化する - 究極の精度をめざして”、DOJIN選書 078、化学同人、2018年8月20日第1版第1刷、ISBN 978-4-7598-1678-5

関連項目[編集]