新三菱重工業ビル

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新三菱重工業ビル
情報
旧名称 三菱本社別館
用途 事務所
設計者 三菱合資会社地所部
施工 大林組
建築主 三菱合資会社
事業主体 三菱地所
構造形式 鉄骨鉄筋コンクリート構造
建築面積
※449.06坪
延床面積
※3,400.12坪
階数 地下1階、地上8階、塔屋付
高さ 地上より扶壁上端まで102.0尺
着工 1935年(昭和10年)10月1日
竣工 1937年(昭和12年)3月31日
所在地 東京都千代田区丸の内二丁目5番1号
座標 北緯35度40分49.01秒 東経139度45分47.83秒 / 北緯35.6802806度 東経139.7632861度 / 35.6802806; 139.7632861
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新三菱重工業ビル(しんみつびしじゅうこうぎょうビル)とはかつて日本の東京都千代田区丸の内にあった建築物である。別称は三菱商事ビルなど。

沿革[編集]

三菱財閥の本拠として建築された三菱本館が、各社事業の隆昌により狭隘となったため、その別館としての建築が東京府東京市麹町区丸の内二丁目10番の地所に計画され、1935年(昭和10年)10月1日より建設に着手されて、1937年(昭和12年)3月31日竣功を遂げた[1]。そしてそれまで共同の建物にあった三菱商事会社が同年4月よりここを本店として、同月28日にはこの地所・建物を買収したのであった[1]

また第二次世界大戦での日本敗戦後となる1946年(昭和21年)1月よりは連合国軍最高司令官総司令部が接収の上、1952年(昭和27年)4月解くまで同部外交部ならびに米国大使館をなし、解除後も翌1953年(昭和28年)12月までは同大使館に供された[2]

1958年(昭和33年)末をもって新三菱重工業ビルと改称[3]。時勢の推移より、同社ならびに三菱地所会社などとの間でこれを建て替えようとする議が纏まったので取り壊されて、跡地にて三菱重工ビルヂングの増築工事が1971年(昭和46年)9月6日より着手され、1973年(昭和48年)3月28日なされたのである[4]

建築概要[編集]

設計は三菱合資会社地所部による。

出典[編集]

  1. ^ a b 『丸の内百年のあゆみ-三菱地所社史』 上巻397頁
  2. ^ 『丸の内百年のあゆみ-三菱地所社史』 上巻494頁
  3. ^ 『丸の内百年のあゆみ-三菱地所社史』 資料・年表・索引399頁
  4. ^ 『丸の内百年のあゆみ-三菱地所社史』 下巻208-211頁、資料・年表・索引

参考文献[編集]

  • 『土木建築工事画報』 第13巻第16號、工事画報社、昭和12年(1937年)6月。
  • 三菱商事株式会社編纂 『三菱商事社史』 上巻、下巻、資料編別冊通商年表、資料編、昭和61年(1986年)。
  • 三菱地所株式会社社史編纂室編 『丸の内百年のあゆみ-三菱地所社史』 三菱地所株式会社、平成5年(1993年)。