新己斐橋

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
新己斐橋
New Koi Bridge at Hiroshima pt1.jpg
下流より
Ota river and Nishi-Hiroshima Station 1988.jpg
1988年。下側の橋が新己斐橋、上は己斐橋。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。
基本情報
所在地 広島県広島市西区
左岸:福島町/右岸:己斐本町
交差物件 太田川水系太田川(太田川放水路)
座標 北緯34度23分46.7秒 東経132度25分51.5秒 / 北緯34.396306度 東経132.430972度 / 34.396306; 132.430972
関連項目
橋の一覧 - 各国の橋 - 橋の形式
テンプレートを表示

新己斐橋(しんこいばし)は、広島県広島市太田川太田川放水路)に架かる、道路軌道が通る併用橋

戦前にあった「己斐橋電車専用橋(己斐鉄橋)」を由来とする橋であり、ここでは当時東に架かっていた「福島橋電車専用橋(福島鉄橋)」も本項で述べる。

概要[編集]

広島電鉄本線の軌道と広島市道比治山庚午線平和大通り)の車道および歩道が通る併用橋。

上流側に広島県道265号伴広島線筋の己斐橋、下流側に国道2号筋の旭橋と新旭橋が架かる。西にはJR西広島駅および広電西広島駅、東には緑大橋がありそのまま道沿いに進み西平和大橋を渡ると広島平和記念公園へたどり着く。

戦前は電車専用の橋で現在のものよりかなり短い橋であったが、戦後太田川放水路改修工事に伴い併用橋に架け替えられている。

諸元[編集]

  • 路線名:広島市道比治山庚午線(平和大通り)[1]
  • 橋長 - 280.5m[1][2]
  • 支間長 - 2@37.75m + 40.00m + 48.00m + 40.00m + 2@37.75m[1][2]
  • 幅員 - 22.0m(軌道6.0m + 車道12.0m + 歩道2@2.0m)[1][2]
  • 上部工 - 中央径間:3径間連続鈑桁橋、側径間:2径間連続鈑桁橋 [1]
  • 下部工 - RC橋台2基、RC壁式橋脚2基[1]
  • 基礎工 - 橋台および橋脚 - ケーソン基礎[1]

歴史[編集]

1945年米軍作成の広島市地図。"Koimachi Station"から東へ1つ目が己斐鉄橋、次が福島鉄橋。

1912年(大正元年)12月8日、相生橋から己斐(現在の広電西広島)間が開業し広電本線が全面開通[3]。それに伴い山手川(己斐川、右地図参照)と福島川(川沿川)が形成する中州から西の己斐に向かって己斐鉄橋が、中州から東の天満町に向かって福島鉄橋が、と2つの電車専用橋が架けられた[3]。当時の軌道は現在の天満町停留場からまっすぐ己斐に向かっており、己斐鉄橋は現在の新己斐橋の少し上流側に、福島鉄橋は現在の観音町停留場の西側あたりに架かっていた。

上流側それぞれには旧国道2号筋であった己斐橋および福島橋が架かっていた。

1945年(昭和20年)8月6日、原爆被災爆心地から己斐鉄橋は2.30km、福島鉄橋は1.64kmに位置した。己斐鉄橋は爆風により小破、福島鉄橋は爆風により大きく傾斜した[4][5]。だが2橋ともに落橋はしなかったため[5]被爆者はこれを渡って逃げている。一車両が中州から己斐鉄橋にかかろうとする50メートル手前で被爆、脱線傾斜し、逃げ残った乗客が腰掛けていたまま死んでいた[6]

その後、広電社員や軍関係者らにより市内軌道および2橋とも応急処置され、同月9日には己斐から西天満町電停まで折り返し単線運転が再開した[7]

戦後、中州を浚渫し河川幅を拡幅する太田川放水路改修工事が行われた[1]。これに伴い己斐鉄橋と福島鉄橋は取り壊され、福島鉄橋付近は埋め立てられる。また平和大通り整備に伴い車道軌道併用橋として架け替えられることになった。橋梁工事は建設省と市の合併施行の形で行われ、1961年(昭和36年)竣工を目指していたが、両岸の区画整理の遅れから橋自体の工事も遅れ、1965年(昭和40年)4月に竣工した[1][2]

河川敷[編集]

この橋が架橋された当時はなかったが、現在は右岸己斐側に親水性護岸を用いた河川敷が整備されている[8]。新己斐橋付近は階段護岸と多目的広場が造られ、橋脚にはこだまこずえ作品「ヒロシマの命太田川」が壁画として描かれている。

上流にいくと「じゃぶじゃぶ池」や人工干潟が整備されている。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b c d e f g h i 太田川分流工事の概要について
  2. ^ a b c d 太田川放水路フォトで川くだり5”. 広島市西区コミュニティ交流協議会. 2013年5月15日閲覧。
  3. ^ a b 電車開業の前後 広島電気軌道時代(明治42年~大正6年)”. 広島電鉄. 2013年5月15日閲覧。
  4. ^ 広島原爆戦災誌、p533
  5. ^ a b 広島原爆戦災誌、p252-p253
  6. ^ 広島原爆戦災誌、p534
  7. ^ 電車開業の前後 広島電気軌道時代(明治42年~大正6年)”. 広島電鉄. 2013年5月15日閲覧。
  8. ^ 太田川放水路について (PDF)”. 国土交通省太田川工事事務所. 2013年5月15日閲覧。

参考資料[編集]

関連項目[編集]