華翠大橋

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華翠大橋
Huacui Bridge
聖帕颱風前夕 IMG 3831 (1216229728).jpg
鉄道橋(新店渓橋)から道路橋となった華翠大橋(下流の萬板大橋から)
座標 北緯25度01分38.3秒 東経121度29分12.8秒 / 北緯25.027306度 東経121.486889度 / 25.027306; 121.486889座標: 北緯25度01分38.3秒 東経121度29分12.8秒 / 北緯25.027306度 東経121.486889度 / 25.027306; 121.486889
通行対象 (鉄道時代)縦貫線
(道路橋) 艋舺大道中国語版 - 県民大道中国語版
交差 新店渓
所在地 中華民国の旗 中華民国台湾
(鉄道時代)台北市万華区、台北県板橋市
(道路橋)台北市万華区、新北市板橋区
正式名称 華翠大橋
別称 華翠橋、(鉄道時代)新店渓橋
維持管理 (鉄道時代) 台湾総督府交通局鉄道部台湾鉄路管理局
(道路橋)台北市政府交通局中国語版新北市政府交通局中国語版
上流側 光復橋中国語版
下流側 万板橋中国語版
特性
全長 654m
18.5m
歴史
開通 1901年8月25日(縦貫線新店渓橋として)
2001年8月16日(第一段階開通)
2002年7月27日(全線開通)
華翠大橋
各種表記
繁体字 華翠大橋/新店溪橋
簡体字 华翠大桥/新店溪桥
拼音 Huácuì Dàqiáo
(Xīndiàn Xīqiáo)
通用拼音 Huácuèi Dàciáo
(Sindiàn Siciáo)
注音符号 ㄏㄨㄚˊ ㄘㄨㄟˋ ㄉㄚˋ ㄑㄧㄠˊ
(ㄒㄧㄣ ㄉㄧㄢˋ ㄒㄧ ㄑㄧㄠˊ)
発音: ホアツイ ターチャオ / シンディエンシー チャオ
台湾語白話字 Hôa-chhùi Tōa-kiô
(Sin-tiàm-khe-kiô)
日本語漢音読み かすいだいきょう / しんてんけいきょう
日本語慣用読み かすいおおはし
英文 Huacui Bridge
(Xindian River Bridge)
テンプレートを表示
華翠大橋周辺図
凡例
新北環河快速道路
POINTERf@fq RM
環河西路
POINTERf@fq
WASSER POINTERg@gq
新店渓
萬板大橋
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hRP4oWq
hRP4q hRP4+r
RM RP4+l hRP4oRP4e
環河南北快速道路
←県民大道 新北市板橋区
hRP4aq
hRP4oWq
RP4uhRP4 RP4uhRP4
台北市万華区 艋舺大道→
台鉄・高鉄板橋駅
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tvSTRq tvSTRq tvSTRq tvSTRq
万華駅
環河西路
POINTERf@fq
WASSER RM RP4 POINTERg@gq
環河南路

華翠大橋(かすいだいきょう、かすいおおはし)は台湾台北市万華区新北市板橋区の境界、新店渓に架かる道路橋。その源流は台湾総督府鉄道(現在の台湾鉄路管理局縦貫線鉄道橋だった新店渓橋(しんてんけいきょう)にまで遡る。

概要[編集]

万華区と板橋区を結ぶ道路橋としては華江橋中国語版万板大橋中国語版下流から3番目に位置し、上流側の光復橋中国語版を含めた4本のうちで供用は最後発。

新店渓橋(鉄道橋)[編集]

元々淡水橋経由で新竹方面を結んでいた清朝時代の路線(全台鉄路商務総局鉄道)は日本統治後も使用していたが、水害により桃園までは新店渓大漢渓を渡河する現在のルートに変更され、新店渓を渡る橋は当時の金額で229,599円を投じて1900年(明治33年)1月に起工し、翌1901年(明治34年)2月20日に竣工[1]。同年8月25日台湾総督府鉄道縦貫線が現在のルートで開業と同時に新店渓橋として開通した。全長は1208フィート10インチ(約368メートル)の版桁橋[1]

その後複線化により1922年1932年に上下線でそれぞれ約368メートルの橋梁となった[2]

第二次世界大戦後に中華民国統治となると、1948年5月28日に橋上を走行中の列車で乗客が持ち込んだ可燃物が発火、140人が死傷する列車火災事故が発生している。6月12日に万華側の、6月25日には板橋側の住民が主催する追悼式典が新店渓橋付近で行われている。[3]。(zh:1948年臺鐵新店溪橋列車失火事故

1981年6月23日に台風の襲来で被災[4]1983年12月26日に17メートル下流側で再建工事を着工、4度に及ぶ設計変更を経て1991年11月15日に竣工している。全長701メートルのビーム橋[4]。これが現在の道路橋の直接の前身となる。

縦貫線の万華板橋間の地下化事業は中央政府の六年国建中国語版に組み込まれ、1992年9月14日に起工した[4]1999年7月21日、縦貫線地下トンネルのうち、北側の複線水底トンネルが開通[5]2002年10月31日に縦貫線地下トンネル南側線も開通(現在は台湾高速鉄道が使用)。

華翠大橋(道路橋)[編集]

元の新店渓橋の橋脚を補強し、18.5メートルに拡幅、桁をI型鋼に架け替えて道路橋に用途転換する事業は交通部台北市区地下鉄路工程処(鉄路改建工程局[註 1]の前身)によって始動、1999年9月15日に起工。華翠大橋と命名され、2001年8月16日に北側(下流側)と県民大道が開通した[6]。この時点では暫定上下2車線だった[7][8]2002年7月27日、残る道路橋南側(上流側)も開通、上下4車線となった[9]。橋前後の台鉄縦貫線の元地上線部分も、地下化後に艋舺大道中国語版県民大道中国語版となり、華翠大橋を介して板橋と万華が直接往来できるようになった。

新北市側の県民大道には橋と同名のバス停が存在するが、実際には橋への高架橋出入口の西側起点付近にあり、橋自体からは2km弱離れた内陸部に位置している。(地図

仕様[編集]

全長は654メートル、このうち水上部は500メートル、両岸河川敷部は154メートル[10]。箱桁橋を採用、流用した橋脚部も鉄道橋の特徴が残されている。[11]。このため橋上の全幅は狭く、自動車と排気量250cc以上の大型二輪車のみが通行可能で、歩道は併設されているが軽車両(スクーター、自転車)の専用レーンはない[11]

ギャラリー[編集]

脚注[編集]

註釈[編集]

  1. ^ 改建工程局は2018年6月11日以降高速鉄路工程局と統合し鉄道局となっている。

出典[編集]

  1. ^ a b 台湾総督府鉄道部 (1911). 台湾鉄道史 中. p. 133. http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/805264. 
  2. ^ (繁体字中国語)臺灣省行政長官公署統計室 (1946年). “臺灣五十年來統計鐵路局概況 表425 省營鐵路主要橋樑 民國三十五年五月 (xls)”. 臺灣省行政長官公署. 2018年11月3日閲覧。台灣研究網路化 中央研究院
  3. ^ (繁体字中国語)溫文佑 (2010年). “戰後台灣鐵路史之研究 以莫衡擔任鐵路局長時期為例(1949-1961)”. 国立政治大学. p. 122. 2018年11月3日閲覧。
  4. ^ a b c (繁体字中国語)臺灣公路工程月刊 第37卷第1期 鐵路新店溪橋重建工程”. 交通部公路総局. p. 2-4 (2011年1月). 2018年11月3日閲覧。
  5. ^ (繁体字中国語)萬華車站沿革 台湾鉄路管理局万華駅
  6. ^ (繁体字中国語)台北縣縣民大道、華翠大橋通車 - ウェイバックマシン(2013年10月4日アーカイブ分)2002-08-22,台北県政府
  7. ^ (繁体字中国語)交通局年刊90年度”. 台北市政府交通局. p. 36 (2001年). 2018年11月3日閲覧。
  8. ^ (繁体字中国語)萬華板橋鐵路地下化工程專案 鉄路改建工程局
  9. ^ (繁体字中国語)交通局年刊91年度”. 台北市政府交通局. p. 52 (2002年). 2018年11月3日閲覧。
  10. ^ (繁体字中国語)華翠大橋工程簡介鉄工局/YouTube
  11. ^ a b (繁体字中国語)廖耀宇 (2012年10月). “河濱漫步看橋樑”. 技師期刊第61期. 2014年5月16日閲覧。
  12. ^ (繁体字中国語)臺灣老風景猜猜樂第六彈:老鐵路橋2010-12-25,飛行機の測候所(洪致文公式ブログ)

関連書籍[編集]

萬板紀要第四輯(2005年、交通部鉄路改建工程局) ISBN 9799860035284

関連項目[編集]

  • 華翠大橋 新北市政府観光旅遊局 (繁体字中国語)