新日本プロレス

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新日本プロレスリング株式会社
New Japan Pro-Wrestling Co., Ltd.
Meguro station north.jpg
本社が所在するJR東急目黒ビル
種類 株式会社
略称 新日本
新日
NJPW
本社所在地 日本の旗 日本
141-0021
東京都品川区上大崎3-1-1
JR東急目黒ビル16階
本店所在地 158-0092
東京都世田谷区野毛1-3-22[1]
設立 1972年1月13日
業種 サービス業
法人番号 6010901005487
事業内容 プロレス興行
関連企画の運営
代表者 代表取締役社長兼最高経営責任者 ハロルド・ジョージ・メイ[2]
資本金 9,250万円
売上高 49億円(2018年7月期)[3]
従業員数 74人
決算期 7月31日
主要株主 ブシロード 66.7%
木谷高明 23.3%
テレビ朝日 10.0%
関係する人物 アントニオ猪木(創業者)
魁勝司
山本小鉄
柴田勝久
木戸修
藤波辰巳
豊登
カール・ゴッチ
ユセフ・トルコ
新間寿
坂口征二
小沢正志
木村聖裔
大城大五郎
田中米太郎
星野勘太郎
外部リンク 新日本プロレス公式サイト
特記事項:テレビ朝日ホールディングス持分法適用会社
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新日本プロレス(しんにほんプロレス)は、日本プロレス団体

目次

概要[編集]

  • 1971年12月、日本プロレスに対し、クーデターを画策したとして、アントニオ猪木が日本プロレス選手会を除名され、日本プロレスから永久追放された(詳しくは「密告事件」を参照)。
  • 1972年1月13日、アントニオ猪木が新日本プロレスリング株式会社を設立。
  • 1972年3月6日、大田区体育館で新日本プロレスの旗揚げ戦を開催。
  • 「KING OF SPORTS」を標榜して「ストロングスタイル」と呼ばれるファイトスタイルを掲げている。
  • リングドクターを取り入れて健康管理をする面においては他団体と大きく差別化が図られている。
  • 過去に元佐川急便代表取締役会長の佐川清が筆頭株主として名を連ねたこともあった。
  • 2005年まで日本プロスポーツ協会に加盟していた。
  • 2005年11月14日、アントニオ猪木が保有していた新日本プロレスの株式51.5%をユークスが取得してユークスの子会社になった(後に全株式を取得)。
  • 2012年1月31日、ユークスが保有していた新日本プロレスの全株式をブシロードグループパブリッシング(現:ブシロード)に5億円で譲渡してブシロードグループパブリッシングの子会社になりブシロードグループパブリッシング代表取締役社長の木谷高明がオーナーになった。
  • 2014年、債務超過状態から脱し、2017年7月期の売上高は38億5000万円、純資産額は9億3000万円を記録した。以降は無借金経営を継続している[3]

歴史[編集]

1970年代[編集]

1972年
1973年
1974年
1975年
  • 8月3日、アメリカのルイジアナ州ニューオーリンズで開かれたNWA年次総会でアントニオ猪木がプロモーターとしてNWAに加盟を申請したが全日本プロレスの圧力で認めらなかった。しかし、坂口征二と新間寿が加盟名義人として認められ、「NWA世界ヘビー級王者は新日本プロレスに参戦しない」という条件で加盟が承認された。
1976年
  • 2月6日、蔵前国技館でアントニオ猪木対ミュンヘンオリンピック柔道93kg超級と無差別級の金メダリストのウィレム・ルスカによる異種格闘技戦が行われてアントニオ猪木が勝利。
  • 6月26日、日本武道館でアントニオ猪木対ローマオリンピックボクシングライトヘビー級の金メダリスト、WBAWBC統一世界ヘビー級チャンピオンのモハメド・アリによる異種格闘技戦が行われて(詳しくは「アントニオ猪木対モハメド・アリ」を参照)試合は後に「猪木アリ状態」と呼ばれる膠着戦となり引き分けに終わった。ファン、マスコミ、関係者からは「世紀の凡戦」と評されるが後世の総合格闘技に多大な影響を与えた。
  • 7月29日、アジアヘビー級王座(新日本プロレス版)を創設。初代王者はタイガー・ジェット・シン。
  • 8月4日、アジアタッグ王座(新日本プロレス版)を創設。初代王者は坂口征二&ストロング小林組。
  • 12月12日、パキスタンのカラチ・ナショナル・スタジアムでアントニオ猪木対格闘家のアクラム・ペールワンによる異種格闘技戦が行われてアントニオ猪木の勝利。
1977年
  • 8月2日、日本武道館でアントニオ猪木対全米プロ空手世界ヘビー級王者のザ・モンスターマンによる異種格闘技戦が行われてアントニオ猪木が勝利。
  • 10月25日、日本武道館でアントニオ猪木対プロボクサーのチャック・ウェプナーによる異種格闘技戦が行われてアントニオ猪木の勝利。
1978年
  • 4月4日、アメリカのフィラデルフィア・アリーナでアントニオ猪木対全米プロ空手のザ・ランバージャックによる異種格闘技戦が行われてアントニオ猪木の勝利。
  • 5月、第1回「MSGシリーズ」を開催。優勝はアントニオ猪木。
  • 11月9日、フランクフルトのフェストホールでアントニオ猪木対プロボクサーのカール・ミルデンバーガーによる異種格闘技戦が行われてアントニオ猪木の勝利。
  • 11月と12月、第1回「プレ日本選手権」を開催。優勝はアントニオ猪木。
  • 12月18日、アントニオ猪木がビンス・マクマホン・シニアから世界の強豪を相手に行われた数々の異種格闘技での功績を称えてWWF世界マーシャルアーツ王座が贈呈されてアントニオ猪木が初代WWF世界マーシャルアーツ王者に認定。
1979年
  • 6月17日、パキスタンのカダフィスタジアムでアントニオ猪木対格闘家のジュベール・ペールワンによる異種格闘技戦が行われて引き分け。
1980年
  • 2月27日、蔵前国技館でアントニオ猪木対空手家のウィリー・ウィリアムスによる異種格闘技戦が行われてドクターストップによる引き分け。
  • 11月、第1回「MSGタッグリーグ戦」を開催。優勝はアントニオ猪木&ボブ・バックランド組。

1980年代[編集]

1981年
1982年
1983年
  • 5月、第1回「IWGPリーグ戦」を開催。優勝者はハルク・ホーガン
  • 8月4日、この日の対寺西勇戦を最後に突如タイガーマスクが引退。
  • 8月25日、アントニオ猪木が代表取締役社長、坂口征二が取締役副社長を退任。専務取締役兼営業本部長の新間寿は謹慎処分。山本小鉄ら3名による取締役体制を発足。
  • 11月1日、アントニオ猪木が代表取締役社長、坂口征二が取締役副社長へ復帰。山本小鉄ら3人の取締役体制は短命に終わった。
1984年
  • 6月14日、蔵前国技館で開催した第2回「IWGPリーグ戦」決勝戦でアントニオ猪木対ハルク・ホーガンが行われ、アントニオ猪木が優勝したが、長州力の乱入を経てアントニオ猪木がリングアウト勝ちという不透明な決着に激怒したファンが物を投げたり放火騒ぎや2階席のイスを破壊するなど暴動寸前状態に発展。
  • 9月21日、この日の試合を最後に長州力ら維新軍が離脱しジャパンプロレスに合流。
1985年
1986年
1987年
  • 3月26日、大阪城ホールで行われたアントニオ猪木対マサ斎藤戦で海賊男(正体はブラック・キャット)が乱入し、マサ斉藤に手錠をかけて連れ去りファンが暴動を起こした。
  • 6月12日、IWGPヘビー級王座を創設。初代王者はアントニオ猪木。
  • 10月4日、巌流島でノーピープルマッチがアントニオ猪木対マサ斎藤戦で行われ、2時間5分14秒にも及ぶ決闘の末アントニオ猪木の勝利(詳しくは「巌流島の戦い」を参照)。
  • 12月27日、両国国技館にたけしプロレス軍団が登場。当初行われる予定だったメインイベントのアントニオ猪木対長州力戦を中止してアントニオ猪木対ビッグバン・ベイダー戦に急遽変更。対戦カード変更に加えてアントニオ猪木がビッグバン・ベイダーに3分弱で敗れるという試合結果に(当初は藤波辰巳&木村健悟組対マサ斎藤&ビッグバン・ベイダー組のタッグマッチと、アントニオ猪木対長州力のシングルマッチ。1回目の対戦カード変更で、藤波辰巳&木村健悟組対マサ斉藤&長州力組のタッグマッチと、アントニオ猪木対ビッグバン・ベイダーのシングルマッチ。2回目の対戦カード変更でアントニオ猪木対ビッグバン・ベイダーの前に、アントニオ猪木対長州力が組まれた。従ってアントニオ猪木と長州力は1日に2試合を戦った)ファンが激怒してリングに物を投げ込んだり座布団を破いたり設備が破壊されるなどプロレス史上最悪の暴動に発展して新日本プロレスは日本相撲協会から両国国技館の無期限使用禁止を言い渡された(1989年2月、両国国技館の無期限使用禁止を解除された)。
1988年
  • 2月、第1回「TOP OF THE SUPER Jr.」を開催。優勝は越中詩郎。
  • 4月、プロレスラー育成を目的とした新日本プロレス学校を開校。
  • 12月、第1回「ジャパンカップ・イリミネーションリーグ戦」を開催。優勝はアントニオ猪木&長州力&星野勘太郎組。
1989年

1990年代[編集]

1990年
  • 2月10日、東京ドーム大会を開催。全日本プロレスからジャンボ鶴田天龍源一郎らが参加し、新日本との対抗戦が2試合行なわれる。
  • 12月20日、新日本プロレスとWCWが業務提携を結んだことを発表。
1991年
1992年
  • 1月4日、東京ドーム大会を開催。
1993年
  • 1月4日、東京ドーム大会を開催。
  • 5月5日、福岡ドーム大会を開催。
1994年
1995年
  • 1月4日、東京ドーム大会を開催。
  • 5月3日、福岡ドーム大会を開催。
  • 10月9日、東京ドーム大会を開催。
  • 10月29日、大阪ATCホールで藤波辰爾が主催する興行「無我」を開催。
1996年
1997年
  • 1月4日、東京ドーム大会を開催。
  • 4月12日、東京ドーム大会を開催。
  • 5月3日、大阪ドーム大会を開催。
  • 8月10日、ナゴヤドーム大会を開催。
  • 11月2日、福岡ドーム大会を開催。
1998年
  • 1月4日、東京ドーム大会を開催。
  • 4月4日、東京ドーム大会を開催。アントニオ猪木の引退試合が行われる。
  • 8月8日、大阪ドーム大会を開催。IWGPジュニアタッグ王座を創設。初代王者は大谷晋二郎&高岩竜一組。
1999年
  • 1月4日、東京ドーム大会を開催。
  • 4月10日、東京ドーム大会を開催。新日本プロレス初の「ノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチ」が蝶野正洋対大仁田厚戦で行われて(ただし新日本プロレスは公式試合として認めず第0試合にした)両者KOによる引き分け。
  • 6月24日、藤波辰爾が代表取締役社長に就任。前代表取締役社長の坂口征二は代表取締役会長に就任。
  • 8月28日、神宮球場大会を開催。
  • 10月11日、東京ドーム大会を開催。
  • 10月、第1回「G1 TAG LEAGUE」を開催。優勝は武藤敬司&スコット・ノートン組。

2000年代[編集]

2000年
  • 新日本プロレスがWCWの経営悪化を理由に業務提携を解消したことを発表。
  • 1月4日、東京ドーム大会を開催。
  • 4月7日、東京ドーム大会を開催。
  • 4月14日、気仙沼市総合体育館で行われた福田雅一柴田勝頼戦の試合中に福田が意識不明となり、4月19日に死去した。試合中の事故による死亡は日本の男子プロレスでは史上初。
  • 5月5日、福岡ドーム大会を開催。
2001年
  • 1月4日、東京ドーム大会を開催。
  • 4月9日、大阪ドーム大会を開催。
  • 5月5日、福岡ドーム大会を開催。
  • 7月20日、札幌ドーム大会を開催。
  • 10月18日、東京ドーム大会を開催。
2002年
  • 1月4日、東京ドーム大会を開催。
  • 4月1日、アメリカにLA道場(現:猪木道場)がオープン。
  • 5月2日、東京ドーム大会を開催。
  • 9月6日、石川県産業展示館3号館で女子プロレスラーのジョーニー・ローラーが参戦。新日本プロレス初となる男女混合試合が行われた。
  • 10月14日、東京ドーム大会を開催。
2003年
  • 1月4日、東京ドーム大会を開催。
  • 4月23日、IWGP U-30無差別級王座を創設。初代王者は棚橋弘至
  • 5月2日、東京ドーム大会を開催。新日本プロレス初の独自ルールによる総合格闘技戦「アルティメット・クラッシュ」が行われた。
  • 10月13日、東京ドーム大会を開催。
2004年
  • 1月4日、東京ドーム大会を開催。
  • 5月3日、東京ドーム大会を開催。
  • 6月23日、経営コンサルタントの草間政一が代表取締役社長に就任。前代表取締役社長の藤波辰爾は取締役副会長に就任。
  • 11月3日、大阪ドーム大会を開催。
2005年
  • 1月4日、東京ドーム大会を開催。
  • 4月、第1回「NEW JAPAN CUP」を開催。優勝は棚橋弘至。
  • 5月14日、東京ドーム大会を開催。
  • 5月26日、草間政一が代表取締役社長を解任されて後任としてアントニオ猪木の娘婿であるサイモン・ケリー猪木が代表取締役社長に就任。
  • 10月8日、東京ドーム大会を開催。
  • 10月、新日本プロレス総合格闘技部門を発足。
  • 11月14日、アントニオ猪木が保有していた新日本プロレスの株式51.5%をユークスが取得してユークスの子会社になった(後に全株式を取得)。
2006年
  • 1月4日、東京ドーム大会を開催。
  • 5月13日、新宿FACEで新日本プロレスとは別ブランドとなる興行「WRESTLE LAND」を開催。
  • 5月21日、新木場1stRINGで新日本プロレスとは別ブランドとなる興行「LOCK UP」を開催。
  • 7月、ブロック・レスナーが「契約上のトラブル」を理由に訪日を拒否。これを受けて新日本プロレスはブロック・レスナーが保持するIWGPヘビー級王座(3代目)を剥奪したがブロック・レスナーがIWGPヘビー級王座(3代目)のチャンピオンベルトを返還しなかった為に新日本プロレスは2代目IWGPヘビー級王座のチャンピオンベルトを使用。
2007年
  • 1月4日、東京ドームで新日本プロレス&全日本プロレス創立35周年記念大会「レッスルキングダム in 東京ドーム」を開催。
  • 3月6日、後楽園ホールで第1回「NJPWグレーテストレスラーズ」授賞式が行われてアントニオ猪木、坂口征二、星野勘太郎、山本小鉄が表彰。
  • 3月9日、サイモン・ケリー猪木が代表取締役社長を辞任。
  • 4月25日、取締役副社長の菅林直樹が代表取締役社長に就任。
  • 5月25日、新日本プロレス総合格闘技部門がNEW JAPAN FACTORYとしてリニューアル。
  • 6月29日、両国国技館で行われたIGFの旗揚げ戦でブロック・レスナーがカート・アングルと非公式のIWGPヘビー級選手権試合を行いカート・アングルが勝利して3代目IWGPヘビー級王座を獲得。
2008年
  • 1月4日、東京ドーム大会「レッスルキングダムII in 東京ドーム」を開催。
  • 2月17日、両国国技館で2代目IWGPヘビー級王座を保持するIWGPヘビー級王者の中邑真輔対3代目IWGPヘビー級王座を保持するカート・アングルによる「IWGPヘビー級選手権試合 ベルト統一戦」が行われて中邑真輔がIWGPヘビー級王座防衛に成功すると共に2つのIWGPヘビー級王座を統一。
  • 3月9日、愛知県体育館で新調された4代目IWGPヘビー級王座がIWGPヘビー級王者の中邑真輔に贈呈。
  • 5月5日、後楽園ホールで蝶野正洋がゼネラルマネージャーを務める興行「PREMIUM」を開催。
2009年

2010年代[編集]

2010年
2011年
2012年
2013年
  • 1月4日、東京ドーム大会「レッスルキングダム7 〜EVOLUTION〜 in 東京ドーム」を開催。
  • 5月、新日本プロレス選手寮のリフォームが終わり新しい新日本プロレス選手寮が完成。
  • 9月24日、代表取締役社長の菅林直樹が代表取締役会長に就任。経営企画部兼商品部で執行役員の手塚要が代表権のない取締役社長に就任[5]。取締役会長の木谷高明は退任。
2014年
2015年
  • 1月4日、東京ドーム大会「WRESTLE KINGDOM 9 in 東京ドーム」を開催。
  • 7月2日、新日本プロレス公式サイトへの不正アクセスにより約1万8000件の個人情報が流失していたことが判明して謝罪会見が行われた。
2016年
2017年
2018年
2019年

他団体との交流[編集]

全日本プロレス[編集]

プロレスリング・ノア[編集]

プロレスリングZERO1[編集]

プロレスリングZERO-ONE→プロレスリングZERO1-MAX→プロレスリングZERO1

WRESTLE-1[編集]

DDTプロレスリング[編集]

みちのくプロレス[編集]

大阪プロレス[編集]

DRAGON GATE[編集]

闘龍門→闘龍門JAPAN→DRAGON GATE

KAIENTAI DOJO[編集]

WNC[編集]

SMASH→WNC

女子プロレス団体[編集]

日本IBF[編集]

主な興行[編集]

新日本プロレスの基本的な興行パターンは、ビッグマッチとなる規模の大きい興行を月一回程度設定し、これに向けた前哨戦の興行を「Road to (ビッグマッチの興行名)」の興行名で数回開催していく方式を採っている。これら前哨戦とビッグマッチを合わせて1つのシリーズとし、アングル展開を前哨戦シリーズで進めながらビッグマッチで締める形となる。一方、トーナメント戦やリーグ戦の場合は「Road to」の概念が無く、予選が行われる興行を数回開催した上で優勝決定戦を締めの興行として開催し、これをもって1つのシリーズとなる。

ビッグマッチ及びトーナメント戦、リーグ戦[編集]

大会名 主な会場 備考
1月 WRESTLE KINGDOM 東京ドーム 翌日に「NEW YEAR DASH!!」が開催される
2月 THE NEW BEGINNING 大阪府立体育会館北海きたえーる 2014年以降は2会場による複数日程で開催
3月 旗揚げ記念日 大田区総合体育館 NEW JAPAN CUPに統合される場合あり(後述)
NEW JAPAN CUP 後楽園ホール、大田区総合体育館、広島サンプラザホール、アオーレ長岡 シングルマッチのトーナメント戦
4月 SAKURA GENESIS 両国国技館 NEW JAPAN CUP優勝者によるタイトル戦あり
5月 レスリングどんたく 福岡国際センター シリーズに付随する形で「レスリング火の国」が開催される
BEST OF THE SUPER Jr. 後楽園ホール、国立代々木競技場、大阪府立体育会館、両国国技館 ジュニアヘビー級のシングルマッチリーグ戦
6月
DOMINION 大阪城ホール
7月 G1 CLIMAX 北海きたえーる、福岡国際センター、広島グリーンアリーナ、大阪府立体育会館、横浜文化体育館、後楽園ホール
優勝決定戦:両国国技館、西武ドーム日本武道館
シングルリーグ戦
優勝者に副賞として「WRESTLE KINGDOM」でのIWGPヘビー王座挑戦権利書が与えられる
8月
9月 DESTRUCTION 神戸ワールド記念ホール、広島サンプラザホール 2014年以降は複数会場による複数日程で開催
2015年までは2会場、2016年以降は3会場
10月 KING OF PRO-WRESTLING 両国国技館
11月 POWER STRUGGLE 大阪府立体育会館 シリーズ中にSUPER Jr. TAG TOURNAMENT(ジュニアヘビー級のタッグトーナメント戦)が行われる
WORLD TAG LEAGUE 後楽園ホール、愛知県体育館、仙台サンプラザホール ヘビー級のタッグリーグ戦
12月

その他の興行[編集]

ビッグマッチの合間に単発興行や短期シリーズが行われる場合があり、これらのうち主要なものを掲載。

NEW YEAR DASH!!
WRESTLE KINGDOMの翌日(通常は1月5日)に後楽園ホールで行われる単発興行。各チャンピオンベルト戦線や選手間の遺恨等、次シリーズに向けたアングルが本興行で展開されるのが通例となっている。また、対戦カードが興行開始まで発表されない点も特徴の一つである。 WRESTLE KINGDOMにスポット参戦した選手が本興行に引き続き出場する場合も多い。
FANTASTICA MANIA
1月中旬頃に行われるCMLLとの合同興行シリーズ。日程前半は全国への巡業が行われ、日程後半の興行は後楽園ホールで行われる。本場のルチャリブレを日本で観戦できるシリーズと銘打っており、CMLLのタイトルマッチも本シリーズで行われる。
HONOR RISING:JAPAN
後楽園ホールにて行われるROHとの合同興行。開催時期は2月下旬頃(旗揚げ記念シリーズの開始直前頃)が通例。
旗揚げ記念日
新日本プロレスが旗揚げとなった3月6日に大田区総合体育館で行われる記念興行。日程がNEW JAPAN CUPと近い事から、年によってはNEW JAPAN CUPの開幕戦として開催される場合があるが、2017年以降は単独興行としての開催が通例である。記念興という面から、本興行では普段あまり組まれない対戦カードが組まれる場合が多い。また本興行に限り、前哨戦の興行名が「Road to旗揚げ記念日」ではなく「旗揚げ記念シリーズ」となる。
レスリングどんたくの付随興行(レスリングxxの国/SENGOKU LORD)
レスリングどんたくシリーズの中に組み込まれている単発のビッグマッチ。前哨戦の試合はRoad toレスリングどんたくにて一緒に組まれる。「レスリング火の国」の興行名で4月末に熊本で行われるのが通例だが、2016年は熊本地震の影響で中止となり、予定されていた試合の一部は他のRoad toレスリングどんたくへ振り分けられた。2017年には「レスリング豊の国」として大分で開催され、2018年は2年ぶりにレスリング火の国が開催された。2019年は新たに名古屋での開催が追加され、こちらは「SENGOKU LORD」の興行名となる。また、2017年以降は広島で行われるRoad to レスリングどんたくを「安芸の国 戦国絵巻」としてビッグマッチに準じた規模で開催している。
KIZUNA ROAD
6月下旬から7月上旬頃に行われる短期シリーズ。東北地方を中心に巡業を行う。
NEW JAPAN ROAD
ビッグマッチの合間に行われる単発の興行にはこの名前が付けられる。
LION'S GATE PROJECT
シリーズの合間に不定期開催される小規模興行。若手選手を中心に出場し、国内の他団体の選手がスポット参戦する場合もあり。
海外開催の興行
2017年7月にアメリカ・ロサンゼルスにて「G1 SPECIAL in USA」の興行名で新日本プロレス単独での興行を開催し、これを期に2018年から海外での単独興行を不定期に行っている。2019年はROHとの合同開催ながら4月にマディソン・スクエア・ガーデンでの興行を実施し、これに伴ってSAKURA GENESISは不開催となる。

歴代社長[編集]

歴代 氏名 在職期間 備考
初代 猪木寛至 1972年1月 - 1989年7月 1983年8月から10月は社長から降格
2代目 坂口征二 1989年7月 - 1999年6月
3代目 藤波辰巳 1999年6月 - 2004年6月
4代目 草間政一 2004年6月 - 2005年5月
5代目 サイモン・ケリー猪木 2005年5月 - 2007年3月
6代目 菅林直樹 2007年4月 - 2013年9月 2013年9月から会長に就任
7代目 手塚要 2013年9月 - 2016年2月
8代目 原田克彦 2016年2月 - 2018年5月
9代目 ハロルド・ジョージ・メイ[7][8] 2018年6月 -

タイトルホルダー[編集]

新日本プロレスが管理している王座
タイトル 保持者 歴代 防衛回数 次期挑戦者
IWGPヘビー級王座 オカダ・カズチカ 第69代 SANADA
IWGP USヘビー級王座 ジュース・ロビンソン 第5代 2 バッドラック・ファレ
IWGPインターコンチネンタル王座 飯伏幸太 第21代 ザック・セイバーJr.
IWGPタッグ王座 タマ・トンガ
タンガ・ロア
第83代 1 真壁刀義
矢野通
IWGPジュニアヘビー級王座 ドラゴン・リー 第84代 石森太二
IWGPジュニアタッグ王座 YOH
SHO
第59代 鷹木信悟
BUSHI
NEVER無差別級王座 ジェフ・コブ 第24代 タイチ
NEVER無差別級6人タッグ王座 真壁刀義
矢野通
田口隆祐
第19代 1 タマ・トンガ
タンガ・ロア
ヒクレオ
新日本プロレスが開催しているトーナメント戦、リーグ戦
タイトル 覇者 年代
NEW JAPAN CUP オカダ・カズチカ 2019年
BEST OF THE SUPER Jr. 高橋ヒロム 2018年
G1 CLIMAX 棚橋弘至 2018年
SUPER Jr. TAG TOURNAMENT YOH
SHO
2018年
WORLD TAG LEAGUE EVIL
SANADA
2018年

所属選手、主要参戦選手[編集]

故障者についてはInjury icon 2.svgマーク、スポット参戦の選手はChristian Cross icon.svgマーク、海外遠征中の選手はTransportation plane.svgマークを参照。

正規軍[編集]

ヘビー級[編集]

ジュニアヘビー級[編集]

ヤングライオン[編集]

CHAOS[編集]

鈴木軍[編集]

BULLET CLUB[編集]

LOS INGOBERNABLES de JAPON[編集]

派生ユニット&タッグチーム[編集]

スタッフ[編集]

レフェリー[編集]

リングアナウンサー[編集]

リングドクター[編集]

メディカルトレーナー[編集]

  • 三澤威(トレーニングディレクター兼任)
  • 鬼頭文孝

インターナショナルコーディネーター[編集]

IWGP実行委員会[編集]

過去の所属選手[編集]

プロレスラー[編集]

総合格闘家[編集]

  • 河野真幸(全日本プロレス→フリー→2007年 - 2009年→全日本プロレス→WRESTLE-1)
  • 永田克彦(2005年 - 2010年→レッスルウィン)

練習生[編集]

過去のスタッフ、役員[編集]

故人[編集]

プロレスラー[編集]

練習生[編集]

  • 佐藤幹夫(ヤミキ)(1972年→フリー→HERO→2016年死去)
  • ブライアン・アダムス(ミッドナイト・ソルジャー)(1986年 - 1987年→PNW→WWF→WCWWWE→2003年引退→2007年死去)

スタッフ、役員[編集]

  • 倍賞鉄夫(1972年 - 2005年→猪木事務所→2017年死去)(リングアナウンサー、営業部長、常務取締役、専務取締役、取締役副社長)
  • 太武経(1986年 - 2001年死去)(野毛道場管理人)
  • ミスター・ヒト(日本プロレス→フリー→1981年 - 1984年→フリー→2010年死去)(渉外担当、トレーナー)
  • ユセフ・トルコ(日本プロレス→1968年引退→1972年レフェリー転向 - 1974年→フリー→2013年死去)(レフェリー)
  • 吉原功(日本プロレス→国際プロレス→1984年 - 1985年死去)(顧問)

フリー、他団体参戦選手[編集]

プロレスラー[編集]

女子プロレスラー[編集]

来日外国人選手[編集]

プロレスラー[編集]

女子プロレスラー[編集]

格闘家[編集]

来日外国人関係者[編集]

レフェリー[編集]

リングアナウンサー[編集]

  • イヴァン

マネージャー[編集]

プロモーター[編集]

歴代ユニット[編集]

歴代タッグチーム[編集]

NJPWグレーテストレスラーズ[編集]

2007年3月6日、新日本プロレスが創立35周年を期に創設して功労者(引退した選手のみ)を表彰する制度。

2007年
2009年
2010年
2011年
  • ドン荒川(表彰時点で正式に引退していない)

テーマ曲[編集]

試合開始直前に試合会場で流される。テレビ朝日の番組「ワールドプロレスリング」のオープニング曲でもある。

マスコットキャラクター[編集]

  • ジッピー
新日本プロレスのロゴマークであるライオンマークがモチーフのキャラクター。

オフィシャルショップ[編集]

  • 闘魂SHOP
新日本プロレスのオフィシャルグッズ販売店。インターネットでも購入できる。

オフィシャル動画サイト[編集]

新日本プロレスとテレビ朝日が共同で運営するインターネットテレビ局。

試合中継[編集]

放送中の番組
終了した番組

関連番組[編集]

放送中の番組
終了した番組

主なマット広告スポンサー[編集]

新日本プロレスは日本のプロレス団体、日本の格闘技団体としては先駆けてスポンサーを多数付けて、その収入で賄う方法をとっている。

脚注[編集]

  1. ^ 新日本プロレスリング株式会社 国税庁法人番号公表サイト
  2. ^ 【お知らせ】新日本プロレスリング株式会社、新社長就任に関して(2018年5月23日、2018年5月24日閲覧)
  3. ^ a b データを読む 新日本プロレスが復活、過去最高の業績を更新へ 東京商工リサーチ 2018年6月1日
  4. ^ 新日本プロレス選手寮のリフォームを「ビフォーアフター」に依頼 ORICON STYLE(2013年5月15日)
  5. ^ 新役員人事決定のお知らせ”. 新日本プロレス (2013年9月25日). 2013年9月25日閲覧。
  6. ^ 新日本プロレスとアミューズが業務提携 レスラーの活躍拡大目指す”. ORICON STYLE (2016年1月5日). 2016年1月6日閲覧。
  7. ^ “新日本プロレス社長にオランダ出身実業家メイ氏就任へ 元タカラトミー社長”. 東スポWEB. 東京スポーツ新聞社. (2016年5月13日). https://www.tokyo-sports.co.jp/prores/mens_prores/1006879/ 2018年5月13日閲覧。 
  8. ^ “新日本プロレス社長に元タカラトミーのメイ氏”. 日経電子版. 日本経済新聞社. (2016年5月13日). https://www.nikkei.com/article/DGXMZO3043991013052018TJC000/?n_cid=SNSTW001 2018年5月13日閲覧。 

関連項目[編集]

興行
リーグ戦、トーナメント戦
王座