新田純也

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
新田 純也 Football pictogram.svg
名前
カタカナ ニッタ ジュンヤ
ラテン文字 NITTA Junya
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1978-06-13) 1978年6月13日(39歳)
出身地 静岡県浜松市
身長 181cm
体重 74kg
選手情報
ポジション FW
利き足 右足
■テンプレート(■ノート ■解説■サッカー選手pj

新田 純也(にった じゅんや、1978年6月13日 - )は、静岡県浜松市出身の元サッカー選手でポジションFW

来歴[編集]

小学校2年からサッカーを始める。小学校高学年からFW一筋でプレーし、浜松市立丸塚中学校卒業後はサッカー強豪校として知られる清水市立商業高校に進学した。同校のサッカー部では同期に川島眞也、薬師寺直樹、2学年上に安永聡太郎らがいたが、周りとのレベルの差に驚かされたという。しかし、監督である大滝雅良の助言を受け、泥臭くとも得点を狙う現在のプレースタイルをこの頃から確立。

高校卒業後、プロからのオファーはなく、唯一のオファーだった、当時、将来のJリーグ入りを目指していた、旧JFLに所属する地元・浜松市の本田技研工業サッカー部へ加入した。しかし、運営元である本田技研工業はスタジアム等の問題から、二度目となるサッカー部のプロクラブ化とJリーグ入りの断念を決断した[1]。これに伴いJリーグ入りを目指す有力選手が他クラブへ移籍したが、新田は唯一オファーをくれたクラブであったこと、負傷後もサポートしてくれたことに愛着を感じ、クラブが現在のJFL(以下「JFL」と表記)に所属して以降も残留を決意。エースストライカーとして活躍を続け、特に2006年には23得点を上げ得点ランク2位と大きな結果を残し、チームの優勝に大きく貢献。JFLのMVPとベストイレブンの個人タイトルも獲得した。

また、2007年天皇杯では当時Jリーグ1部柏レイソルから先制ゴールを決め、日本のトップカテゴリに所属するチームからの大金星に大きく貢献。さらに続いて、同じくJリーグ1部の名古屋グランパスからも得点を奪い、同じく両チームから得点を奪った鈴木弘大らとともにチームがベスト8となる原動力となった。

2008年には前期第4節の対FC刈谷戦でJFL初となるリーグ通算100ゴールを達成。後期第17節の対アルテ高崎戦においては5得点を挙げ持ち前の高い得点能力をいかんなく発揮。シーズン通算25得点を挙げ得点王に輝くなどチームの優勝に大きく貢献した。さらに再びMVPとベストイレブンにも選出され、得点王と合わせて個人三冠を達成した。

2011年をもって現役を引退し、以降、本田技研工業の社業に専念している。

エピソード・アラカルト[編集]

  • 本田技研工業の正社員でもあり、故に現役時代は一貫してアマチュア選手であったが、JFLでは高い成績を残していた。現役当時は、昼まで浜松製作所勤務の一社員として社業をこなし、午後から選手として練習に励む、という生活サイクルだった。ちなみに、Honda FCの現役選手は全員正社員であり、全員同様の生活を送る。
  • 元々は個人技に優れるロナウドを目標とするサッカー選手だった。後にゴール前での巧みなポジショニングでゴールを奪うことを得意とするインザーギを目標にしていた。
  • 日本フットボールリーグでの通算最多得点記録保持者(通算146得点)である(2016年シーズン終了時点)。
  • 2000年から2011年まで12年連続でJFLで得点をしていた。
  • 引退した年の2011年、チームが18年ぶりに天皇杯出場を逃した際、勤務先である本田技研工業浜松製作所の所長からチーム全体で呼び出しを受けていたと、週刊サッカーマガジンの取材で語っている[2]

所属クラブ[編集]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 リーグ杯 天皇杯 期間通算
1997 本田 28 旧JFL 7 2 - 1 0 8 2
1998 15 0 0 - 3 0 3 0
1999 9 JFL 2 0 - 0 0 2 0
2000 15 6 - 3 0 18 6
2001 27 17 - 1 0 28 17
2002 Honda 17 8 - 1 0 18 8
2003 25 10 - 3 0 28 10
2004 25 18 - 2 2 27 20
2005 8 2 - 1 1 9 3
2006 34 23 - 2 0 36 23
2007 28 12 - 5 3 33 15
2008 33 25 - 3 0 36 25
2009 34 11 - 2 2 36 13
2010 30 10 - 2 2 32 12
2011 29 4 - - 29 4
通算 日本 JFL 307 146 - 25 10 332 156
日本 旧JFL 7 2 - 4 0 11 2
総通算 314 148 - 29 10 343 148

タイトル[編集]

個人[編集]

  • 日本フットボールリーグ MVP (2006年、2008年)
  • 日本フットボールリーグ ベストイレブン (2006年、2008年)
  • 日本フットボールリーグ 得点王 (2008年)

脚注[編集]

  1. ^ Jリーグ創設前にも参加を目指していたが断念した経緯がある。
  2. ^ 週刊サッカーマガジンNo.1393『good-bye JFL』(P38)より