新社郷

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台湾 台中県 新社郷
地理
Taityuken sinsyakyou.svg
位置: 北緯24°14'
東経120°48'
面積: 68.8874km²
各種表記
繁体字: 新社郷
日本語読み: しんしゃ
漢語ピン音: Xīnshè
通用ピン音: Hsīnshè
注音符号: ㄒㄧㄣ ㄕㄜˋ
片仮名転写: シンシャー
行政
行政区分:
上位自治体: 台中県
下位行政区画: 13村201鄰
政府所在地: -
新社郷長: 李光銘
公式サイト: 新社郷政府
情報
総人口: 26,010人(2006年7月)
戸数: 7,099戸(2006年7月)
郵便番号: 426
市外局番: 04
新社郷の木: -
新社郷の花: -
新社郷の鳥: -
別称: 新番社

新社郷(しんしゃきょう)は、台湾台中県

目次

地理

新社郷は台中県中部のやや山よりの地区に位置しており、台中県総面積の3.36%を占めて県内第5位の面積を有す。郷内の地形は南北に伸びており、地勢は大甲渓の水流に従い東南から北西に掛けて下り傾斜を形成している。東は大甲渓を隔てて東勢鎮及び和平郷と、南西は太平郷及び南投県国姓郷と、西は台中市と、北は石岡郷及び豊原市と接している。郷内の東南部である協成、福興、中和地区は海抜500 - 1,000mのの山岳地帯となっており、西部の崑山、水井地区は海抜520~620mの丘陵地帯となっている。年間平均気温は23℃であり、冬は温暖で、夏は寒冷な気候は野菜や果物の栽培に適している。

歴史

新社郷は漢人による入植が開始される以前は平埔族の活動地域であり、拍宰海平埔族の支族である「樸仔籬」の居住地であった。1833年道光13年)、広東より大、三櫃城、大坑(全て現在の台中市内)を経由して新社へと入植が開始された。嘉慶年間に漢人が新社地区の原住民居住地に進出し交易を始めた際に、原住民集落を「新番社」と称し、それが「新社」と省略され現在の地名が誕生している。

道光末年、彰化地区には戴万生等が太平天国に乗じて反乱を起こし、台湾全島に混乱を来たした際に、沿海部の住民が山間部に避難し、その過程の中で新社での農地開発が促進され、現在の祖形が完成したと言える。反乱平定後が彰化県府この地に派兵を行い東勢角、石岡及び新社の3区が設置された。これが行政による新社地区の始まりである。

日本統治時代には東勢角に支署が設けられ、本地は「新社街庄」と称されるようになった。戦後は「新社郷」と改称され現在に至っている。現在でも広東系住民が多い地区となっており、台中県でも客家集落が多い地方として知られている。

経済

行政区

高級中学

  • 中正村
  • 新社村
  • 崑山村
  • 月湖村
  • 復盛村
  • 大南村
  • 永源村
  • 中興村
  • 東興村
  • 慶西村
  • 協成村
  • 中和村
  • 福興村


歴代郷長

氏名 任期

教育

高級中学

  • 台中県立新社高級中学

国民中学

国民小学

交通

種別 路線名称 その他
省道 台21線

観光

  • 殉職山岡先生之碑

関連項目

今日は何の日(6月19日

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