日域無雙一覺流

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
一覺流捕手
いっかくりゅうとりて
別名 日域無雙一學流、一覺流、一覺流拳法
発生国 日本の旗 日本
発祥地 鞍馬山
発生年 天正19年7月7日
1591年 8月25日
創始者 佐藤一覺
派生流派 黒川流小具足廻
主要技術 捕手腰廻体術
捕縄術棒術杖術
伝承地 西日本一帯
  

一覚流(いっかくりゅう)とは、佐藤一覚が天正19年7月7日に創始した捕手術を表芸とする総合武術の流派である。 正式名称は日域無雙一覺流

歴史[編集]

流祖は九州、肥後の佐藤一覚である。

佐藤一覚[1]は18歳から28歳まで様々な捕手術を学んだ後、天正19年3月25日(1591年5月18日)から鞍馬僧正嶽に百日参籠し天正19年7月7日1591年8月25日)に技を定めて日域無双一覚流を編み出した。

慶長五年(1600年)八月二十四日に佐藤覚助が相伝した。

一部の系統では一日城無双一覚流という名で伝わったものがある[2]。他に一覚一学としている日域無双一學流[3]や一覺流拳法と書く系統がある。

中国四国近畿九州等の西日本一帯で広く学ばれていた。

広島の系統からは捕縄術を表芸とする一派、黒川流小具足廻(黒川派)が出ている。

松江藩には松平直政家臣川瀬兵蔵が伝えた。また、庭瀬藩では若林和左衛門が伝えていた。

内容[編集]

捕手と縄を中心としているが、各系統により流派の体系が大きく異なる。これは、各師範が独自に内容を増やして伝えたからである。

系譜[編集]

日域無双一覚流捕手は比較的古い流派であり多くの系統が存在したが、例として一部の系譜を以下に示す。

カッコ内は相伝した日付である。

  • 佐藤一覺 (九州住、天正十九年七月七日創始)
    • 佐藤覺之助 (備州住、慶長五年(1600年)八月二十四日)
      • 村上三郎左衛門 (作州住、慶長十五年三月二十四日)
        • 圓尾伯有 (武州住、寛永十六年十二月二十四日)
          • 澁谷安左衛門
            • 谷口與三左衛門(作州
              • 大野運蔵
              • 大野恵蔵
                • 坂手太郎兵衛
    • 川瀬兵蔵(松江藩
      • 小池常重
      • 浜田源左衛門
        • 勝部森右衛門
          • 錦織数右衛門
            • 森 所太夫
              • 松崎広右衛門

脚注[編集]

  1. ^ 捕手修行終了と鞍馬山参篭が同じ年と仮定し逆算すると永禄6年(1563年)の生まれとなる。
    また、捕手修行開始は天正9年(1581年)となる。
  2. ^ 一、日域無双一覚流を書き間違え一日城無双一覚流としてそのまま伝わったと考えられる。
  3. ^ この系統では流祖の名前も佐藤一学としている。

参考文献[編集]

  • 入江康平『近世武道文献目録』
  • 『武藝流派辭典』
  • 『島根県の教育史』
  • 『図説柔術』