日本とマルタの関係

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日本とマルタの関係
JapanとMaltaの位置を示した地図

日本

マルタ

日本とマルタの関係(にほんとマルタのかんけい、英語: Japan–Malta relations)では、日本マルタの間における国際関係を指す。両国の外交関係は、1965年に樹立された[1]

概要[編集]

マルタは東京領事館を設置している[2]。日本は、ローマにある在イタリア日本国大使館の一部としてマルタ大使館を設置しており、バレッタに領事館を設置している[3][4][5]

第一次世界大戦の最後の2年間、日本はシーレーン防衛において重要な役割を演じた。潜水艦に対する護衛任務に就いていた大日本帝国海軍駆逐艦14隻および旗艦を務める巡洋艦は、マルタを母港とした。しかし不幸なことに、1917年6月11日、樺型駆逐艦」がオーストリア海軍の潜水艦U-27英語版からの魚雷攻撃を受けて、68名の乗組員がその尊い命を失った。その後、亡くなった乗組員はマルタのカルカラ英語版に埋葬された[6]

1964年9月21日、現在のマルタ共和国の前身となるマルタ国英語版イギリスから独立した[7]。翌1965年、日本はマルタとの間で正式な外交関係を樹立した[1]

1989年昭和天皇が崩御し、同年2月24日に皇居で執り行われた大喪の礼には外務大臣英語版チェンスー・タボーネ英語版と秘書官アドリアン・カミッレーリがバレッタから、マルタ大使ヴィクトール・J・ガウチがキャンベラから訪日し参列した[8]

日本の現役総理によるマルタ訪問は長い間実現せず、2017年5月27日に安倍晋三総理がタオルミーナサミットの帰路にマルタを訪問し実現。先述した第一次世界大戦の戦没者の墓地を訪れている[9][10]。総理経験者では海部俊樹元総理が2006年7月にマルタのバレッタを訪問しており、その際にマルタの大統領エドワルド・フェネク・アダミを表敬訪問している[11]

参考文献[編集]

出典[編集]