日本ライン

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猿啄城(城山)から望む日本ライン下りの遊覧船
猿啄城から望む木曽川(日本ライン)と鳩吹山方面の山々
犬山橋下船場
(木曽川観光株式会社の犬山橋営業所)

日本ライン(にほんライン)とは、岐阜県美濃加茂市から愛知県犬山市にかけての木曽川沿岸の峡谷の別称。風景がヨーロッパ中部を流れるライン川に似ていることから、志賀重昂によって命名された。

かつては、全長13kmにわたって渓流の美しさを味わいながら約1時間半の川下り遊覧ができる「日本ライン下り」が運行されていたが、営業休止となり、現在はラフティングが楽しめる。

日本ライン下り[編集]

名古屋鉄道子会社・日本ライン名鉄遊船(後に日本ライン観光)、その事業を継承した木曽川観光がかつて運航していた川下りである。運行区間は、岐阜県美濃加茂市にある美濃太田乗船場から愛知県犬山市にある犬山橋下船場までの約13kmであった。例年3月10日から11月30日まで運行が行われた。名鉄犬山線 犬山遊園駅から終着点の犬山橋下船場までは徒歩約5分。犬山下船場と美濃太田乗船場を結ぶ専用バスが運行され、マイカーでの観光客のアクセス手段となっていた。2006年まではJR高山本線 / JR太多線 / 長良川鉄道越美南線 美濃太田駅から美濃太田乗船場を経由して名鉄広見線 日本ライン今渡駅可児駅新可児駅)へ向かう東濃鉄道路線バスが運行されていた。1969年頃までは乗船場は美濃太田ではなく可児川駅(当時・ライン遊園駅)近くの可児市土田地区にあった。

2002年度までは日本ライン観光が、駅からのバス運行や美濃太田のレストハウス日本ラインシュロスをふくめて運営していたが、利用者数が低迷し、さらに名古屋鉄道の鉄道以外の事業の不採算が拡大し、2003年3月期の中間決算が上場以来初の無配となる事態が発生したとにより、2002年12月に運休した。2003年1月に発表された名古屋鉄道の経営合理化策で日本ライン観光は整理対象となり、同年中に清算された。

日本ライン下り事業は地元資本が設立した木曽川観光が継承し、2003年7月に再開された。旧日本ラインシュロスの施設は美濃加茂市の公社が2003年に購入し、同駐車場はゴミ回収場として使用されたが、2009年に解体された。

しかし利用者数の減少に歯止めがかからず、また2011年8月17日に発生した天竜川川下り船転覆死亡事故の影響もあって利用者数の回復も望めないことから、2012年12月18日に木曽川観光は2013年度の運休を決定した[1]

2019年現在、同ルートでは、犬山国際ユースホステルによる「YHAラフティング」と2018年より参入したリバーポートパーク美濃加茂による「木曽川アドベンチャー」によるラフティングのアクティビティが提供されている。

備考[編集]

犬山市には犬山城をはじめ遊園地や野猿公園などの観光施設があり、周辺一帯がライン下りとともに観光地を形成している。

日本モンキーパークはかつて、「犬山ラインパーク」という名称で運営されていた。

関連書籍[編集]

  • 「天下之絶勝 日本ライン名所図絵」吉田初三郎著(大正名所図絵社、1923年
  • 「日本ラインの犬山」可児桝太郎著(犬山町保勝会、1936年
  • 「日本ラインの姿~犬山市観光要覧」水谷賢三著(水谷賢三、1956年
  • 「日本ラインと犬山」犬山町保勝会編(犬山町保勝会)
  • 「日本ライン」北原白秋著(青空文庫

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 「『日本ライン下り』姿消す 木曽川、13年に」日本経済新聞2012年12月19日
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