日本語の方言の概観

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日本語の方言の概観(にほんごのほうげんのがいかん)では、現代の日本語の方言を概観する。本項では本土方言を中心に記述し、琉球方言についてはごく簡単に述べる。アクセントについては日本語の方言のアクセントを参照。

音韻・音声[編集]

発音の特徴によって本土方言を大きく区分すると、表日本方言、裏日本方言、薩隅(鹿児島)式方言に分けることができる[1]。表日本方言は共通語に近い音韻体系を持つ。裏日本式の音韻体系は、東北地方を中心に、北海道沿岸部や新潟県越後北部、関東北東部(茨城県・栃木県)と、とんで島根県出雲地方を中心とした地域に分布する。その特徴は、イ段とウ段の母音に中舌母音を用いることと、エが狭くイに近いことである。関東のうち千葉県や埼玉県東部などと、越後中部・佐渡・富山県・石川県能登の方言は裏日本式と表日本式の中間である。また薩隅式方言は、大量の母音脱落により閉音節を多く持っている点で他方言と対立している。薩隅方言以外の九州の方言は、薩隅式と表日本式の中間である。

またこれとは別に、近畿・四国(・北陸)とそれ以外での対立がある。前者は京阪式アクセントの地域であるが、この地域ではアクセント以外にも、「木」を「きい」、「目」を「めえ」のように一音節語を伸ばして二拍に発音し、また「赤い」→「あけー」のような連母音の融合が起こらないという共通点がある。また、西日本(九州・山陰・北陸除く)は母音を強く子音を弱く発音し、東日本や九州は子音を強く母音を弱く発音する傾向がある。

中舌母音・エ段音[編集]

北海道沿岸部・東北地方全域・新潟県越後北部・栃木県茨城県および鳥取県伯耆西部・島根県出雲においては、イ段・ウ段の母音は中舌母音[ï]・[ɯ̈]となる。また千葉県埼玉県東部や富山県石川県福井県嶺北でも若干こうした現象がある。特にシとス、チとツ、ジ(ヂ)とズ(ヅ)の区別がなくなる現象が、北海道沿岸部・福島県北部以北の東北地方大部分・新潟県越後北部・富山県の一部・島根県出雲に分布している[2]。ただ、近年ではこれら四つ仮名の区別がないのは高年層に限られ、若年層では中舌的発音そのものを失って共通語と同じ発音になっている地域が多い[2]

また、これらの地域とほぼ重なるように、北海道沿岸部・東北・東関東・北陸・出雲などでは、エ段の音は基本母音eとなり、共通語の[ɛ ˔]よりも狭くイ段に近い発音となる。特に母音単独拍でのイとエは、北海道南部・東北大半・茨城県・栃木県(西部除く)・千葉県北部・越後北中部・富山県大部分・石川県の一部・島根県出雲・隠岐において区別がなく、両者の中間音[e][e˔]などで発音される[3]。ただしこれらの地域のイ段母音は中舌母音[ï]であるため、母音単独拍において音素イ/i/が欠如しているとみなされる。なお、東北地方の北部や日本海側では、中年層ではイとエの区別がなくても老年層(1986年時点)では区別があった[3]

ウ段母音は、東京方言でもuよりやや中舌寄りで円唇性の弱いɯであるが、西日本方言では唇の丸みを帯びかつ奥舌母音の[u]で発音される。

母音の無声化・脱落[編集]

西日本方言では、母音は明瞭に発音される。一方東京方言では、i、uは、無声子音に挟まれた場合や無声子音の直後で語末に来た場合には無声化が起こる。このような無声化は、東日本方言と九州方言では盛んだが、西日本方言では少ない。細かくみると、無声化が盛んなのは東北南部・関東・北陸・出雲付近・九州で、東海・近畿・四国・中国(出雲付近除く)は無声化が少ない[4][5]

薩隅方言では語末のi、uが脱落して促音となり、日本語では珍しい「子音で終わる語」が多くある。「書く」「柿」はカッ、「首」「口」「靴」はクッのように発音される。この促音は、子音を破裂させない閉鎖音であるが、ときには声門破裂音[ʔ]となり、独立した拍とはならない。また、九州方言全般に、「犬→いん」「鬼→おん」のような語末のニ・ヌ・ノ・ミ・ム・モの撥音化が盛んである。

濁音化と鼻音化[編集]

北海道の沿岸部・東北全域・新潟県越後北部・茨城県大部分・栃木県北部・千葉県北部[6]では、語中・語末のカ行・タ行子音の濁音化(有声化)が起こる。長野県北部・岐阜県北部・石川県北部・福井県北部にもこの傾向がある。

これに対して、北海道沿岸部[7]・東北地方大半・越後北部では、共通語での濁音にあたるもの(ザ行・ダ行・バ行)は直前に入り渡り鼻音を伴って発音されるため、清音が濁音化したものとは区別される(例:[mado]<的>、[ma ̃do]<窓>)。またガ行子音については鼻濁音[ŋ]となる(例:[kaŋami]<鏡>)。一方、高知県や紀伊半島南部では、ガ行の直前に入り渡り鼻音が現れ、子音は[ŋ]ではなく[g]である(例:[ka ̃gami])。また高知県ではダ行の直前にも入り渡り鼻音があり、和歌山県南部ではザ行・ダ行の直前に入り渡り鼻音がある[8]

かつての中央語でも、現在の濁音に当たるものは直前に鼻音を伴っていたと考えられており、諸方言に残る発音もその名残とみられる。現在(2002年時点)では、衰退が進んで入り渡り鼻音はほとんど高年層に限られるようになり、東北南部では高年層でも入り渡り鼻音を保持している者が少ない[8]。カ行・タ行の濁音化はこれより若い世代でも保たれているため、tの有声化したdと本来のdとが同じ発音になる場合がある。

ガ行鼻濁音は、東北だけでなく近畿以東の広い範囲に分布し、語中・語尾のガ行子音を[ŋ]と発音するのが日本語の標準発音とされている。ただ近年は、中年層以下では鼻濁音を失う傾向にあり、特に京都・大阪や北海道などでの衰退が進んでいる。一方、中国地方・香川県愛媛県・九州地方の大部分には鼻濁音が元々なく、語中・語尾においても破裂音gまたは摩擦音ɣである。

古音の残存[編集]

濁音の鼻音化のほかにも、各地方には、かつて中央で使われた古い発音の残る地域がある。

共通語のセに対しシェ、ゼに対しジェと発音する地域が、東北地方・西日本の所々・九州のほぼ全域に分布している(東北ではシェがヒェにもなる)。かつての京都でもこのような発音を行っていて、セ・ゼは関東地方から広まった発音とみられる。

かつての中央語では、ハ行はɸを使ってファ、フィ、フ、フェ、フォと発音されていたが、その後フを除いて[h]となった(ヒはç)。しかし、東北地方北部や島根県出雲などの方言では今もハ行子音に [ɸ]が現れる。

合拗音「くわ」「ぐわ」は共通語では「か」「が」との区別がなくなっているが、これらをkwa、gwaと発音して歴史的仮名づかい通りに区別する地域が東北日本海側や九州など各地に残っている。

共通語では「じ」と「ぢ」、「ず」と「づ」の区別がないが、かつての中央語では区別していた。現在の方言でも、山梨県奈良田紀伊半島南部・高知県・九州地方には区別する地域がある(詳しくは四つ仮名参照)。

このほか、戦前には九州全域で語頭のエをイェと発音していた[9]

これらの古音は、近年では衰退する傾向にある。特に、ハ行子音の[ɸ]や「じ・ぢ・ず・づ」の区別は現在(2002年時点)では最高齢の話者にしか認められず、合拗音kwa・gwaやシェ・ジェも衰退が進んでいる[8]

特殊拍の性格[編集]

東北北部や九州南部では、促音(ッ)・撥音(ン)・長音(ー)をアクセントの単位として独立して数えない。これらの地域では、モーラ(拍)ではなく音節が単位となっており、例えば「学校新聞」は「ガッ・コー・シン・ブン」と4つの単位に区切られる。このような方言をシラビーム方言と言う。東北北部では、促音・撥音・長音が共通語に比べて短く発音される。九州南部では、長音は短いが促音・撥音は共通語と同じ長さで発音される。ただ九州南部では、長音・促音・撥音ともにアクセントの単位を担えない。古い中央語でも、特殊拍(促音・撥音・長音)は独立性が弱かったと見られる。

東北北部・九州南部以外の地域では、モーラ(拍)を単位とし、「学校新聞」は「ガ・ッ・コ・ー・シ・ン・ブ・ン」の8拍として捉えられる。このような方言をモーラ方言と言う。このうち東京などでは、特殊拍の直後にアクセントの下がり目が来ないが、近畿中央部などでは特殊拍の直後にもアクセントの下がり目が来ることができる。

連母音融合・開合の区別[編集]

「無い」を「ねー」、「寒い」を「さみー」のように、東日本方言や中国方言、九州方言では連母音の融合が盛んで、北陸方言・近畿方言・四国方言ではほとんど起こらない。連母音aiは、東日本・中国・九州のほとんどで融合するが、地域によりエー、エァー[ɛː]、アェー[æː]、アーなどと変化に富んでいる。「無い」を例にとれば、「ねー」、「ねぁー」、「なぇー」、「なー」となる。aiが[ɛː]や[æː]となる場合はeiの融合したエーと区別されるが、東京ではどちらもエーとなって区別がない。また、連母音oiやuiは、aiに比べると融合する地域は狭いが、関東西部・中部・中国・九州などで、「遅い→おせー」のようにoiはエーになり、「寒い→さみー」のようにuiはイーになる。九州の大部分ではoiはイーにもなり、名古屋市付近ではoiはオェー[öː]に、uiはウィー[üː]になる。

古い時代の連母音au・ou・oo・euは、中世には、auは[ɔː]となり、ou・oo・euは[oː]と発音されるようになった。auの変化した音を開音と言い、ou・oo・euの変化した音を合音と言い、この区別を「開合の区別」と言う。京都などでは江戸時代には開合の区別がなくなり両者ともにオーに統合され、日本の多くの地域でも同様に変化してそれが共通語となっている。そのため、「楊枝(歴史的仮名遣いで「やうじ」)」も「用事(歴史的仮名遣いで「ようじ」)」も「ヨージ」となっている。

一方、開合の区別を残している地域もある。新潟県越後中部では、「楊枝(やうじ)」を「ヨァージ[jɔːdʒi]」、「用事(ようじ)」を「ヨージ[joːdʒi]」のように、開音はオァー[ɔː]、合音はオー[oː]となって区別が残っている。また山陰の兵庫県但馬北部・鳥取県・島根県出雲・隠岐では、「女房(にょうばう)」を「ニョーバ」と言うように開音はアーとなっていて、オーとなった合音との区別を残している。九州や新潟県佐渡では、開音はオーとなったが、合音はウーになっているため、「楊枝」は「ヨージ」だが「用事」は「ユージ」である[10][11]

琉球方言の音韻[編集]

琉球方言では、本土方言のオ段はウ段になる。また、沖縄諸島与那国島などでは本土方言のエ段がイ段になり、短母音が3つになっている。奄美大島徳之島宮古列島八重山列島(与那国島除く)では本土方言のイ段とエ段の区別を保って短母音は4つとなっている。いずれの地域でも、これらのほかに長母音を持っており、共通語よりも多くの母音を持つ地域もある。子音では、広い地域でハ行子音を[p](パ行)または[ɸ](ファ行)で発音する。北琉球方言では母音・半母音の前の声門破裂音[ʔ]の有無が弁別され、南琉球方言では本土方言のw(ワ行)にb(バ行)が対応している。また宮古列島ではvが子音のみで拍をなすことができる[12][13]

(以上、「音韻・音声」の出典は、個別に脚注で示したもの以外は、加藤正信「音韻概説」、平山輝男「全日本の発音とアクセント」、佐藤亮一「現代日本語の発音分布」)

文法[編集]

動詞[編集]

学校文法では、動詞の活用を未然形連用形終止形連体形仮定形命令形の6種類としているが、ここでは未然形のうち「行こう」「食べよう」などにあたる形を意志形、連用形のうち「行っ(た)」「食べ(て)」などにあたる形を音便形として分けて記述する。また本土方言のほとんどで終止形と連体形の区別がないため、区別する場合を除きどちらも「終止形」として記述する。

共通語の活用の種類には五段活用(四段活用)、上一段活用下一段活用カ行変格活用サ行変格活用がある。このほかに、奈良県十津川村和歌山県中部・愛媛県東宇和地方・九州地方には上二段活用下二段活用があり、京都府丹後兵庫県但馬・中国地方・四国地方・九州地方にはナ行変格活用がある。

ワ行五段活用の終止形は、一部に「こー」(買う)、「おもー」(思う)と言う地域がある。また青森県とその周辺では、「かる(買う)」、「おもる(思う)」のようにワ行五段がラ行五段に変化している。

次に各活用形の地域差を示す。

未然形
未然形は、五段動詞はア段で表し、上一段動詞はイ段、下一段動詞はエ段で表す。奈良県南部[14]紀伊島根県出雲肥筑薩隅・沖縄本島では、一段・二段動詞で「起きらん」(起きない。ただし沖縄本島はʔukiraN)のように五段化した形を用いる。
意志形
意志形は、「未然形+む」に由来する形である。上一段動詞では、中国・九州で「みゅー・みょー」(見よう)、下一段・下二段動詞では中国で「うきょー」(受けよう)、九州で「うきゅー・うきょー」と言う[9]。五段動詞では、兵庫県但馬北部・鳥取県・島根県出雲では「行か(ー)」のようにア段になる[15][16][17]。全国の所々(近畿南部・九州各地など)で、一段動詞が五段化して「起きろー」「逃げろー」のように言う。
連用形
五段動詞はイ段で、上一段動詞はイ段で、下一段動詞はエ段で表す。
音便形
音便形は、「-て」「-た」などが付いた場合に用いられる活用形である。元々は連用形であったが、「書きて→書いて」「待ちて→待って」のように五段動詞では音便が起こっているためここでは区別して音便形とする。
ア・ワ行五段動詞は、東日本と山陰で「思って」のように促音便、山陰を除く西日本で「おも(ー)て」のようにウ音便になる。東西の境界は、太平洋側では愛知県・岐阜県が促音便で近畿以西がウ音便だが、日本海側では新潟県越後の中部・北部および佐渡、富山県以西でウ音便である。山陰で促音便なのは京都府奥丹後・兵庫県但馬・鳥取県・島根県出雲・隠岐
カ行五段は「書いて」のようにイ音便が多いが、八丈島では「書って」という。ガ行五段も「嗅いだ」のようにイ音便が多いが、秋田市や長野県中部・南部、近畿の一部[18]などには「かんだ」のような撥音便があり、岐阜県飛騨にはイ音便のほかに「かぎた」のような非音便形もある。
サ行五段動詞は、西日本(静岡県以西。近畿・愛媛を除く)で「起こいた」のようなイ音便がある。ただ、イ音便となる語が限られている地域もあり程度はさまざまである。東日本では「起こした」のように非音便である。
バ行・マ行五段動詞は、「飛んだ」「読んだ」のように撥音便の地域が広いが、富山県五箇山三重県志摩・奈良県南部[18]・愛媛県・高知県・中国地方西部・九州地方に「とーだ(飛)」「のーだ(飲)」のようなウ音便がある。八丈島では「飛った・飛っだ」「読った・読っだ」と促音便を用いる。
終止形・連体形
本土方言のほとんどで終止形と連体形の区別はない。長野県秋山郷では両者とも「書こ」「見ろ」とオ段で言う。一方、伊豆諸島の利島や八丈島では終止形で「書く」「見る」、連体形は「書こ」「見ろ」と言って区別する。ただし、八丈島での自然な言い切りは「書こわ」「見ろわ」のように「連体形+わ」で表す。また、利島では終止形は「書くべい」「書くな」など限られた形で現れ、言い切りには「書こ」と言う[19]
琉球方言でも終止形と連体形を区別するが、本土方言の終止形・連体形に由来する形ではない。終止形は、宮古方言を除き、「連用形+をり」から派生したと見られる形を用いる[20]
仮定形
仮定形には、西関東から九州東部までの範囲(近畿中央部除く)では「書きゃ(ー)」「見りゃ(ー)」のような形を用いる。
命令形
命令形は、五段動詞では「開け」のようにエ段で表す。一段動詞には、東日本と肥筑方言(筑前を除く)で「起きろ」のような「ろ」の付いた形、西日本(糸魚川-静岡県中部以西)では「起きよ」のような「よ」の付いた形や「起きい」「食べえ」のような形を用いる。このほかに、北海道[21]秋田県山形県庄内新潟県越後や九州各地や沖縄本島で「受けれ」(ただし沖縄本島はʔukireː)のような五段化した形を用いる。

動詞に付く接辞[編集]

打ち消し[編集]

動詞の打ち消しには、東日本で「未然形+ない・ねー」、西日本・琉球で「未然形+ん」を用いる。「-ん」の範囲は新潟県佐渡糸魚川・長野県木曽谷伊那谷[22]・静岡県大井川以西および山梨県中央部。東日本ではラ行五段で「分かんない」のように撥音化が起こる場合がある。近畿中央部では「-ん」は強い打ち消しを表し、「-へん・やへん」の形が普通の打ち消しを表す。このほか、八丈島で「連用形+んなか」、山梨県奈良田・静岡県大井川上流で「未然形+のー」、和歌山県・三重県南部で「五段未然形+ん」に対し「一段未然形+やん」、隠岐で「未然形+の」、沖縄県八重山列島で「未然形+ぬ」と言う。

打ち消しの過去・完了には、東日本では「未然形+なかった・ないかった」を用い、「未然形+なんだ」を用いるのは新潟県佐渡・富山県・長野県中信・南信[22]・山梨県中央部・静岡県大井川から近畿地方を含んで中国地方東部・四国地方(高知県除く)までである。また三重県伊勢で「五段未然形+んだ」「一段未然形+やんだ」、近畿中央部で「-へなんだ・やへなんだ」、中国地方西部・高知県・豊日では「未然形+ざった・だった」、九州の一部で「未然形+じゃった」を用いる。九州では「未然形+んじゃった」が最も盛んで、福岡県筑前では「未然形+んやった」、熊本県(特に若い世代)で「未然形+んだった」を用いる[9]。西日本(九州含む)の若い世代では「未然形+んかった」が盛ん。

推量・意志[編集]

「行こー・行かー」「食べよー・食びょー」などの意志形は、意志・勧誘を表し、地域によっては推量も表す。

意志・推量を表す「-べ(ー)」が分布するのは、北海道、東北地方(秋田県由利・山形県庄内を除く[23])、関東地方、新潟県の東蒲原郡魚沼地方、長野県佐久地方、山梨県郡内地方、静岡県富士川以東である。「-べ(ー)」は原則として終止形に付くが、地域によっては「起きんべ(ー)」のような撥音化、「起きっぺ(ー)」のような促音化が置き、一段動詞には「起きべ(ー)」のように未然形に付く。

推量には、上述の「-べ(ー)」のほか、西日本で広く「-やろ(ー)・じゃろ(ー)」を用いる。「-だろ(ー)」を山形県庄内・新潟県越後北部・東京・愛知県尾張北部・京都府丹後西部・徳島県・島根県石見[23][24][25][26][27]、「-だら(ー)」を愛知県三河知多半島および兵庫県但馬北部・鳥取県・島根県出雲・隠岐で用い[24][28][29][27]、山形県庄内で「終止形+でろ」、関東などで「終止形+だんべ(ー)・だべ(ー)・だっぺ(ー)」、八丈島で「-のー」[19]を用いる。「終止形+ずら・ら」を長野県(北信除く)・山梨県・静岡県・愛知県三河で[30]、「終止形+ろ(ー)」を新潟県越後中部・島根県石見・山口県長門・高知県[27][31]で、「終止形+ど」を薩隅で用いる。また、長野県・山梨県・静岡県・愛知県三河に意志を表す「未然形+ず・す」がある[30]。沖縄県では未然形単独で意志を表す。

打ち消し推量には、「未然形+ないだろー・んやろ」などのほかに、東日本では広く「未然形+なかんべ(ー)・なかっぺ(ー)」があったが、今は広く「未然形+ないべ(ー)・ねーべ(ー)」、一部で「未然形+ねーっぺ(ー)」が増えつつある。また、本土全体の所々で「-まい」を使う。静岡県東部では「未然形+ねーずら」とともに「未然形+なかろ(ー)」とも言う。

過去・完了の推量では、「-ただろー・たやろ」などのほか、各地に「音便形+つら(ー)・つろ(ー)」、「音便形+たら(ー)・たろー」があり、関東大部分の古い世代では「音便形+たんべ(ー)・たっぺ(ー)」と言う。長野県・岐阜県には「音便形+たらず」もある。

過去・完了[編集]

過去・完了は、広く「音便形+た」で表すが、神奈川県西部・山梨県東部・静岡県東部・愛知県三河などで「音便形+たー」とすることもある。八丈島の過去表現は独特で、「書から」「買わら」「出したら」「起きたら」「有らら」などと言う[19]

東日本では「音便形+たっ」に回想の「-け」を付ける。東北では、音便形または終止形に付く「-け」は確かな経験を表す。また、東日本の大部分に「音便形+たった・てあった」があり、過去の事実の確かめや回想、遠い過去などを表す。

継続相・完了相[編集]

「〜ている」は、東日本・福井市付近・近畿中央部では「音便形+てる」、北陸(越後除く)・愛知県・近畿大半では「音便形+とる」、島根県出雲では「音便形+ちょる・ちょー」と言う。上記以外の西日本、すなわち岐阜県・奈良県南部[14]・兵庫県播磨・中国地方(出雲除く)・四国地方・九州地方では、進行・継続を表すに「連用形+よる・よー・ゆー」など、完了後の状態を表す相に「音便形+とる・ちょる・とー・ちょー・ちゅー」などを用いて区別する。また紀伊では前者に「-やる」、後者に「-たる・たーる」などを用いる。このうち薩隅では老年層を除き区別が失われており[9]、その他の地域でも区別はそれほど厳密なものではない[32]

仮定条件[編集]

近畿中央部では仮定条件に「音便形+たら」を用いる。また岩手県[33]や八丈島には「未然形+ば」による仮定表現が残っている。

形容詞[編集]

形容詞は、北奥羽方言で活用しなくなりつつあり、関東や近畿、出雲でもその傾向がある。特に秋田県では形容詞が全く活用せず、「たげぁぐ」(高く)、「たげぁがった」(高かった)、「たげぁば」(高ければ)ように、終止形(たげぁ)に直接さまざまな接辞が付く[34]

終止形・連体形は、北海道・本州・四国・豊日対馬で「たかい(高)」のようなイ語尾を用いる。一方、肥筑方言(対馬除く)では「たかか」のようなカ語尾で、薩隅はイ語尾とカ語尾の併用(大隅はイ語尾がかなり優勢)である[9]。八丈島では終止形語尾が「-きゃ」(たかきゃ)、連体形語尾が「-け」(たかけ山)である。琉球方言のうち、宮古島では「たかかい」[takakaï](平良方言での例)のように「語幹+くあり(かり)」に由来する形、その他の地域では「たかさん」(首里方言での例)のように「語幹+さあり」に由来する形を用いる[35]

形容詞の連用形は、東日本と琉球で「-く」を用いるが、西日本ではウ音便を用いる。ウ音便も地域により、「赤くなる→あこ(ー)なる/あか(ー)なる」「嬉しくない→うれしゅーない/うれし(ー)ない」と様々に形が変化している。

推量を表すには、静岡県東部と中国地方大半・九州地方では「たかかろー」、兵庫県但馬北部・鳥取県・島根県出雲では「たかからー」と言う。関東の若い世代と東北では「たかいべ(ー)」、福島県・関東地方・伊豆諸島の古い世代では「たかかんべ(ー)」、茨城県から千葉県中央部にかけての古い世代で「たかかっぺ(ー)」、八丈島では「たかかんのー」と言う。そのほか、各地で「-やろ(ー)・じゃろ(ー)・だろ(ー)」「-ろ(ー)」を使う。

形容動詞[編集]

共通語では形容動詞の終止形語尾は「だ」であり、各地の方言でも断定の助動詞(体言につくもの)と同じく「だ」「じゃ」「や」とする地域が多いが、西日本の所々(特に中国・四国)では、形容動詞の終止形を「静かな」のように「-な」の形とする。一方、北奥羽方言では連体形の場合も「静かだ晩」のように言う。

助詞・その他[編集]

断定の助動詞[編集]

断定の助動詞には、新潟県・長野県・愛知県以東の東日本と、京都府丹後西部[36]から島根県[27]までの山陰で「だ」を用いる。千葉県北東部・神奈川県西部・愛知県三河南西部などでは「だー」とも言い、八丈島では「だら」と言う。「じゃ・ぢゃ」を富山県・岐阜県・近畿南部・山陽・四国・九州で用い、鹿児島県陸地部の所々で「じゃっ」と言う。「や」を富山以西の北陸・岐阜県・近畿大部分・香川県と大分県・福岡県・佐賀県長崎県で用いる。

格助詞[編集]

格助詞は、「窓は→まだ」「鳥を→とりゅー」のように、直前の母音と融合して発音される地域が全国各地にある。また、東北や近畿では「を」を省き、名古屋・近畿・中国・四国では引用の「と」が省かれる。

主格には、北海道・本州・四国・豊日・薩隅で主に「が」[37][9]、所々で「ん」、大分県北部で「ぐ」、大分県南部で「い」、肥筑で「の・ん」、琉球方言で「ぬ」を用いる。

準体助詞には北海道・本州・四国・福岡県豊前・大分県で「の」[38][37][39]、秋田県・山形県で「な」、福島県会津・山形県庄内・新潟県越後で「あん」、新潟県越後で「がん・が」、富山県・石川県と高知県で「が」、大阪府で「のん」、山口県で「そ・ほ」、九州(福岡県豊前・大分県大部分を除く)で「と・つ」[38][39][40]を用いる。

接続助詞[編集]

理由を表す順接の接続助詞には、次のものがある。

語形 地域
はんで・へんで・んて・えんて 青森県津軽三戸郡・秋田県[41][42]
すて・して 青森県下北半島[41][42]
から 北海道・秋田県・岩手県・南奥羽方言・関東地方とその周辺[43][37]
んて 静岡県の静岡市以東と八丈島[44]
長野県(東信のぞく)・静岡県・愛知県・岐阜県・福井県・三重県・滋賀県・京都府北部・薩隅方言[30][45][46][47]
さかい・さけ・はかい・はけ・すけ・しけ・っけ・け 近畿地方・北陸地方・新潟県・山形県(置賜除く)・青森県南部地方[41][42][48][49]
よって・よってに 近畿地方[50][51][52]
けん・けー・きん・きー・けに・きに 中国地方・四国地方・九州地方
せん・せに・せーに 長崎県の所々・壱岐・天草[9]
から・かい 宮崎県、鹿児島県種子島屋久島(「かい」は宮崎県のみ)[9]

「けれども」にあたる逆接の接続助詞には、次のものがある。

語形 地域
けども・けど・けんど・けれど・けんども等 北海道、南奥羽方言から豊日方言まで[37]
ども 北海道沿岸部・北奥羽方言・新潟県越後[37]
ばって 青森県津軽・秋田県北部[53]
たって 青森県下北半島[53]
ども・だども 島根県出雲[54]
だえど・だいど 島根県隠岐[54][55]
ばってん・ばって 肥筑方言・薩隅陸地部南端・薩隅離島部[9]
どん・いどん・じょん・どんからん 薩隅・佐賀県西部・長崎県中部[56][57]
しが 沖縄県

(以上、「文法」の出典は、個別に脚注で示したもの以外は、都竹通年雄「文法概説」)

参考文献[編集]

  • 飯豊毅一・日野資純・佐藤亮一編『講座方言学』シリーズ、国書刊行会
    • 『講座方言学 1 方言概説』1986年
    • 『講座方言学 4 北海道・東北地方の方言』1982年
    • 『講座方言学 5 関東地方の方言』1984年
    • 『講座方言学 6 中部地方の方言』1983年
    • 『講座方言学 7 近畿地方の方言』1982年
    • 『講座方言学 8 中国・四国地方の方言』1982年
    • 『講座方言学 9 九州地方の方言』1983年
    • 『講座方言学 10 沖縄・奄美の方言』1984年
  • 大野晋柴田武編『岩波講座 日本語11方言』岩波書店、1977年
    • 外間守善「沖縄の言語とその歴史」
  • 平山輝男「全日本の発音とアクセント」NHK放送文化研究所編『NHK日本語発音アクセント辞典』日本放送出版協会、1998年4月
  • 佐藤亮一「現代日本語の発音分布」飛田良文・佐藤武義編『現代日本語講座 第3巻 発音』明治書院、2002年
  • 平山輝男編 『現代日本語方言大辞典』明治書院、1992年 ISBN 4625521378
  • 平山輝男編『日本のことばシリーズ』全48巻 明治書院
  • 金田一春彦『金田一春彦著作集第八巻』玉川大学出版部、2005年
    • 「東国方言の歴史を考える」
    • 「音韻」

脚注[編集]

  1. ^ 金田一春彦「音韻」
  2. ^ a b 『講座方言学 1 方言概説』 78-81頁。
  3. ^ a b 『講座方言学 1 方言概説』 81-84頁。
  4. ^ 『NHK日本語発音アクセント辞典』付録 169頁。
  5. ^ 金田一春彦「音韻」『金田一春彦著作集第8巻』玉川大学出版部
  6. ^ 『NHK日本語発音アクセント辞典』付録 137頁。
  7. ^ 『日本のことばシリーズ 1 北海道のことば』(1997年) 9頁。
  8. ^ a b c 『現代日本語講座 第3巻 発音』 29-30頁。
  9. ^ a b c d e f g h i 上村孝二「九州方言の概説」『講座方言学 9 九州地方の方言』。
  10. ^ 『現代日本語講座 第3巻 発音』 24-25頁。
  11. ^ この節は主に金田一春彦「音韻」『金田一春彦著作集第8巻』玉川大学出版部による。
  12. ^ 「沖縄の言語とその歴史」
  13. ^ 『講座方言学 10 沖縄・奄美の方言』 260頁。
  14. ^ a b 西宮一民(1962年)「奈良県方言」、井上史雄ほか編(1996年)『日本列島方言叢書16 近畿方言考4(大阪府・奈良県)』ゆまに書房。
  15. ^ 鎌田良二(1979年)「兵庫県方言文法 -但馬編-」、井上史雄ほか編(1996年)『日本列島方言叢書17 近畿方言考5(兵庫県)』ゆまに書房。
  16. ^ 『日本のことばシリーズ 31 鳥取県のことば』(1998年)
  17. ^ 『日本のことばシリーズ 32 島根県のことば』(2008年) 27頁。
  18. ^ a b 井上史雄ほか編『日本列島方言叢書13 近畿方言考1 近畿一般』ゆまに書房、1996年、30ページ。
  19. ^ a b c 『講座方言学 5 関東地方の方言』 261-268頁
  20. ^ 『講座方言学 10 沖縄・奄美の方言』 63頁
  21. ^ 『日本のことばシリーズ 1 北海道のことば』(1997年) 14-15頁
  22. ^ a b 『講座方言学 6 中部地方の方言』 86頁。
  23. ^ a b 『講座方言学 4 北海道・東北地方の方言』 158頁。
  24. ^ a b 江端義夫(1974年)「愛知県地方の方言の分派とその系脈」井上史雄ほか編(1996年)『日本列島方言叢書10 中部方言考3(岐阜県・愛知県)』ゆまに書房。
  25. ^ 『日本のことばシリーズ 26 京都府のことば』(1997年) 16頁。
  26. ^ 『日本のことばシリーズ 36 徳島県のことば』(1997年) 20頁。
  27. ^ a b c d 『講座方言学 8 中国・四国地方の方言』 229-230頁。
  28. ^ 岡田荘之輔(1952年)「"たじま"のAU連母音」、井上史雄ほか編(1996年)『日本列島方言叢書17 近畿方言考5 兵庫県』ゆまに書房。
  29. ^ 『日本のことばシリーズ 31 鳥取県のことば』(1998年) 23頁。
  30. ^ a b c 『講座方言学 6 中部地方の方言』 21-23頁。
  31. ^ 『講座方言学 4 中国・四国地方の方言』 161頁。
  32. ^ 『講座方言学 1 方言概説』 145頁
  33. ^ 『講座方言学 4 北海道・東北地方の方言』 251頁
  34. ^ 『講座方言学 4 北海道・東北地方の方言』 173頁。
  35. ^ 『講座方言学 10 沖縄・奄美の方言』 70-71頁。
  36. ^ 『講座方言学 7 近畿地方の方言』 93頁。
  37. ^ a b c d e 『日本のことばシリーズ 1 北海道のことば』(1997年) 19-20頁。
  38. ^ a b 『講座方言学 9 九州地方の方言』 265頁
  39. ^ a b 『日本のことばシリーズ40福岡県のことば』(1997) 33頁。
  40. ^ 『日本のことばシリーズ 46 鹿児島県のことば』(1997年) 19頁。
  41. ^ a b c 『講座方言学 4 北海道・東北地方の方言』 235頁。
  42. ^ a b c 『日本のことばシリーズ 2 青森県のことば』(2003年)
  43. ^ 『講座方言学 4 北海道・東北地方の方言』 262頁、294-295頁。
  44. ^ 『講座方言学 6 中部地方の方言』 170頁。
  45. ^ 『日本のことばシリーズ 24 三重県のことば』(2000年)
  46. ^ 井之口有一『滋賀県方言の調査研究』(1961年)
  47. ^ 『日本のことばシリーズ 26 京都府のことば』(1997) 17頁。
  48. ^ 『講座方言学 4 北海道・東北地方の方言』 327頁。
  49. ^ 『日本のことばシリーズ 15 新潟県のことば』(2005年) 29-30頁。
  50. ^ 『日本のことばシリーズ 29 奈良県のことば』(2003年) 30頁。
  51. ^ 『日本のことばシリーズ 27 大阪府のことば』(1997年) 51頁。
  52. ^ 『日本国語大辞典 第二版 第十三巻』(2002年) 647頁。
  53. ^ a b 『講座方言学 4 北海道・東北地方の方言』 234-235頁。
  54. ^ a b 『講座方言学 8 中国・四国地方の方言』 233-234頁。
  55. ^ 『日本のことばシリーズ 32 島根県のことば』(2008年) 37頁。
  56. ^ 『講座方言学 9 九州地方の方言』 23-24頁、110頁、136-137頁。
  57. ^ 『日本のことばシリーズ 46 鹿児島県のことば』(1997年) 21頁

関連項目[編集]