日本語の誤用

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

日本語の誤用(にほんごのごよう)では、規範的な日本語標準語)とは異なる日本語の表現や運用を記す。誤用には、文字、綴り、音韻形態(語形)、意味統語など様々なレベルのものがありうるが、ここでは主に形態、意味、統語論上の現象を扱う。

概要[編集]

誤用は、言語学上の概念ではない。記述的な言語学では母語話者の言語の運用について、正誤の判断をしない。しかしながら、一般的には日本語に正用・誤用があると考えられている。また言語教育の場面では正用・誤用の区別は必要である。言葉の乱れなどとして指摘されるもののほか、比喩慣用句の誤用がしばしば話題とされる。

第二言語として日本語を学習するさい、「書かない」を「書きない」などとする誤用が見られ、何となくおかしいのだけれどもどこがおかしいかはっきり指摘できない場合があり、この「おかしい」と感じるものが誤用(error)と呼ばれる。従来の誤用研究は文法的正確さが重視されてきたが、現在は伝達・コミュニケーションに関わる誤用が重要視されている。外国語の学習過程では誤用が生じるのが当然であり、ことばを習得するための一つのステップととらえ、誤用とはとらえず中間言語(interlanguage)という呼び方をする[1]

事例[編集]

慣用句や比喩等における誤用例[編集]

弱冠
(《礼記》曲礼上の『二十を弱と曰ひて冠す』から)20歳のこと。近代では少し意味が広がり、20歳前後を指すようになった。しかし「わずか○○歳にして」の文脈で使用されることが多く(弱冠8歳にして・・など)、8歳というのはどう見てもこれに当てはまらないので、誤用としてみなされる。同じ読みで「若干」があるが、年齢には用いないので若干8歳、とするのも間違い[2]。弱冠を若冠と表記する誤りもある[3]。出典が男子20歳の異称であるため、女子にそのような言い方をするのは適切・適格ではない[4]
×危機一発→○危機一髪
髪の毛一本の差で危機に陥るのっぴきならない状況だったことを指す成語だが、まるで一発、二発と危機が襲ってくるように誤解された。映画『007 ロシアより愛をこめて』の旧題として、作品に映画評論家・水野晴郎が『007 危機一発』と名づけたことから広まった用法という[5]。水野は単に流行を狙った意識的な造語と主張していた。
×上へ下への大騒ぎ、上や下への大騒ぎ →○上を下への大騒ぎ
言葉を取り違えている典型例として紹介される慣用句(平成18年度国語世論調査結果参照)。上へ置くべき物を下へ、下へ置くべき物を取り違えているほど、甚だしく状況が混乱していることへの形容。
×三歩下がってついて行く →○半歩下がってついて行く
「三尺下がっての影を踏まず」との混同。また「三歩」と「半歩」の混同。
×そうは問屋が許さない →○そうは問屋が卸さない
平成27年度国語に関する世論調査において、16歳から19歳の未成年者が、正しい表記「卸さ」を取り間違えて、誤用の「許さ」が正答であると上回った例。

言意における誤謬[編集]

生き様
現在は「その人が生きていく態度・ありさま。生き方。」ともされているが[6]、「様」とは「無様」「この様」「様見ろ」の様という屈辱的な意味合いがあり[7]、「自分の過ごして来たぶざまな生き方。転じて、人の生き方。」ともされている[8]。このため、小説家の藤沢周平は過去に使いたくない言葉に挙げている[9]。なお、1990年代以前の国語辞典・国語辞書には「死に様」しか記載されていない[10]
確信犯
本来の意味は義賊テロリズムなどの、自分の信念こそが正しい、社会体制は間違っていると強く思って犯す罪のことであるが、悪いことと知りつつ犯罪を起こす故意犯を意味する単語と捉えられ使用されていることが多い。文化庁の平成27年度『国語に関する世論調査』では、誤用が69.4パーセントで、本来の意味の17.0パーセントを大幅に上回っている[11]
姑息
文化庁の平成22年度『国語に関する世論調査』では、本来の意味ではない「ひきょうな」という意味であると回答した人が70.9パーセントで、本来の意味である「一時しのぎ」という意味であると回答した人の15.0パーセントを大幅に上回っている[12]
性癖
端的にはの意。人間の心理・行動上に現出する偏りや傾向のことで、特に貧乏揺すりのように悪癖と見做されるものを指す場合が多い。ここでの「性」は性質の謂であるが、誤って性交の意ととらえて、専ら性的な交わりの際に現れる癖・嗜好、交接時の習慣・習性、すなわちフェチ性嗜好性指向や性的な嗜癖の意味でのみ用いられることがある[13]
情けは人の為ならず
文化庁の平成13年度『国語に関する世論調査』では、誤用である「人に情けを掛けて助けてやることは、結局はその人のためにならない」と回答した者が48.2パーセントで、本来の意味である「人に情けを掛けておくと、巡り巡って結局は自分のためになる」と回答した者の47.2パーセントを上回った。平成22年度の調査では誤用が45.7パーセントで、本来の意味が45.8パーセントと上回ったもののほぼ拮抗している[14]
役不足
文化庁の平成14年度『国語に関する世論調査』では、誤用である「本人の力量に対して役目が重すぎること」と回答した者が62.8パーセントで、本来の意味である「本人の力量に対して役目が軽すぎること」と回答した者の27.6パーセントを大きく上回っていたが、平成18年度の調査では誤用が50.3パーセント、本来の意味が40.3パーセント、平成24年度の調査では誤用が51.0パーセント、本来の意味が41.6パーセントと本来の意味を回答する者が増えてきている[15]
見切れる
映像制作などにおいて、映ってはいけないものが映ってしまうことを「見切れる」という。一般的には映すべきものがフレームに収まっていないことを「見切れる」と表現されているが本来は全く逆の意味である。

重言[編集]

「電車に乗車する」のように同意の語を重ねた言い方を重言といい[16]、しばしば誤用と見なされることがある。

創作関連[編集]

文芸作品など創作においては言葉の雰囲気を利用し、本来の意味とは異なる意味を持たせることがあり、全てが誤用とは限らない。

世界観
本来は、価値観(価値に対する観念、ある対象に対してどの様な価値を観るか)や、人生観(人生をどの様なものとして観るかという観点)といった語における「観」と同じ用法であり、現実の世界と自己との関係性における観念を表す語である。(例:キリスト教の世界観では死後に最期の審判を受ける。仏教の世界観は輪廻転生を前提としている。等)
現代では創作世界の雰囲気や、物語の設定を表す語としても使われるようになり、一部の辞書にも掲載されている[17]

世界線

物理学用語。四次元において時空座標で表せられる質点の連続をつなげ、線にしたもの。
サイエンス・フィクションにおいてはパラレルワールド並行世界を表す語として利用されている。

誤用ではないとの指摘があるもの[編集]

新年明けましておめでとう
旧年が明けて新年になるのだから、「新年」と「明ける」を並べるべきではなく、単に「新年おめでとう」か「明けましておめでとう」とするべきだとの意見がある。同様に、「夜が明ける」とは言っても「が明ける」とは言わない。しかし、「新年が明ける」は変化の結果に注目したものであって、「湯がわく(がわいて湯になる)」が誤用でないように、「新年が明ける」も誤用ではないとの意見もある[18]
汚名挽回(おめいばんかい)
かつては普通に使われていた表現であったが[19]1970年代半ば頃から「汚名返上」や「名誉挽回」の誤用であり日本語の乱れであるとする説が広まり[19]、2000年代には誤用と解することが一般的となった[20]。一方、「挽回」は「悪い状態から普通の状態に戻す」という意味であり「汚名を着た状態を元通りにすること」であって、汚名を取りもどすことではなく誤用ではない[21][22][19]との指摘がある。

脚注[編集]

  1. ^ 「日本語の誤用研究」市川保子(日本語教育通信第40号 国際交流基金)[1][2]
  2. ^ 「日本語力検定クイズ」P.132 太田美代 秀和システム
  3. ^ 「現代ニホン語楽苦書帳」P.80 宇野尚志 文芸社
  4. ^ 現場の疑問Q&Q「弱冠18歳」 NHK放送文化研究所
  5. ^ 川畑英毅『この日本語の意味がわかりますか?』PHP研究所、P.29。ただし由来については異説あり。007 ロシアより愛をこめて#タイトル参照
  6. ^ デジタル大辞泉『生き様』 - コトバンク
  7. ^ 学研『学研国語大字典』
  8. ^ 『広辞苑 第五版』「生き様」の項。
  9. ^ 内館牧子『カネを積まれても使いたくない日本語』
  10. ^ 例として『広辞苑 第三版』には掲載されていない。
  11. ^ デジタル大辞泉『確信犯』 - コトバンク
  12. ^ デジタル大辞泉『姑息』 - コトバンク
  13. ^ デジタル大辞泉『性癖』 - コトバンク
  14. ^ デジタル大辞泉『情けは人の為ならず』 - コトバンク
  15. ^ デジタル大辞泉『役不足』 - コトバンク
  16. ^ 広辞苑 第六版「重言」
  17. ^ 世界観(せかいかん)とは - コトバンク
  18. ^ それで大丈夫? 年賀状の賀詞(決まり文句) 三浦康子、オールアバウト
  19. ^ a b c 「汚名挽回」は誤用じゃなかった 国語辞典編纂者のツイートが話題に 三省堂国語辞典にも説明が”. ねとらぼ. ITmedia (2014年5月2日). 2016年10月28日閲覧。
  20. ^ たとえば平成15(2003)年度「国語に関する世論調査」(文化庁)による
  21. ^ 『三省堂国語辞典 第七版』199ページ
  22. ^ 「どこがおかしい?何がおかしい?:問題な日本語」北原保雄編(大修館書店 2004.12.10)

参考文献[編集]

関連項目[編集]