日比谷U-1ビル

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日比谷U-1ビル
NBF Hibiya bldg.JPG
YAMATO LIFE INSURANCE BUILDING ENTRANCE.jpg
大和生命ビル当時のエントランス
施設情報
所在地 東京都千代田区内幸町一丁目1番7号
座標 北緯35度40分18.3秒 東経139度45分27.4秒 / 北緯35.671750度 東経139.757611度 / 35.671750; 139.757611座標: 北緯35度40分18.3秒 東経139度45分27.4秒 / 北緯35.671750度 東経139.757611度 / 35.671750; 139.757611
状態 完成
竣工 1984年6月30日
用途 オフィス
地上高
最頂部 109.3m
各種諸元
階数 地上26階、地下4階、塔屋2階
敷地面積 5,065.35
延床面積 51,941.13 容積率1025%)
構造形式 鉄骨・鉄骨鉄筋コンクリート造[1]
関連企業
施工 鹿島建設大林組大成建設
所有者 三井不動産
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日比谷U-1ビル(ひびやユーワンビル)は、東京都千代田区内幸町一丁目にある超高層ビルである。旧称はNBF日比谷ビル。完成当初の名称は大和生命ビルであり、大和生命(現 プルデンシャル ジブラルタ ファイナンシャル生命保険)により、1984年に竣工した。

歴史[編集]

この地には江戸時代には薩摩藩の装束屋敷があり、加賀藩の赤門に対する黒門が設えられていた。明治時代には鹿鳴館が置かれた。昭和に入ると、大和生命の前身である日本徴兵保険に払い下げられ、黒門や鹿鳴館の建物を残したまま、ルネサンス調の3階建の社屋が建てられた。鹿鳴館は1940年に老朽化のため取り壊され、黒門も第二次世界大戦戦災で焼失した[2]

大和生命ビル[編集]

日本徴兵保険の後身である大和生命保険相互会社により、この地に大和生命ビルが建設された。日比谷通り沿いに並ぶ帝国ホテル、日比谷電電ビル(現NTT日比谷ビル)、第一勧業銀行本店ビル(現みずほ銀行内幸町本部ビル)とともに建物を歩道から5m以上離す建築協定を結んでいたが、この協定をはるかに上回る30mのセットバックにより、広い前面広場を確保した。この広場にはアメリカカエデなどの紅葉植物が植えられ、日比谷公園と向かい合うポケットパークとして親しまれている。建物表面は、帝国ホテルの客室に面した北側を除き、3.2×1.2mのガラス数千枚を合わせたハーフミラー仕上げとなっている。

2度の譲渡[編集]

1998年不動産証券化され、2005年9月には大和生命保険の特別目的会社である有限会社ロクメイから日本ビルファンド投資法人に信託受益権が635億円で譲渡された[3]。本ビルには大和生命ビル当時より引き続き、マツダ東京本社などが入居する[2][4]

2018年3月30日をもって三井不動産に譲渡[5]され、改称[6]された。

三井不動産は帝国ホテル東京電力本店ビルと当ビルを含めた一体的な再開発を計画していると報道された。

脚注[編集]

  1. ^ “資産の取得に関するお知らせ (大和生命ビル)” (pdf) (プレスリリース), 日本ビルファンド投資法人, (2005年9月22日), http://www.nbf-m.com/nbf/release/files/release101.pdf 2014年11月21日閲覧。 
  2. ^ a b 森喜則、今吉賢一『ビル紳士録』毎日新聞社、1992年、20-21頁。ISBN 4-620-30885-4。
  3. ^ “大和生命ビルを635億円で取得、日本ビルファンド投資法人”. 日経BP. (2005年9月26日). http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:5sTNRecBQS0J:www.nikkeibp.co.jp/archives/399/399815.html+&cd=7&hl=ja&ct=clnk&gl=jp 2014年11月21日閲覧。 (Googleによるアーカイヴ)
  4. ^ アクセスマップ 東京本社(マツダ)
  5. ^ 資産の取得及び譲渡並びに貸借の開始及び解消に関するお知らせ 日本ビルファンド投資法人  - 2017年12月18日
  6. ^ 日比谷U-1ビル(旧NBF日比谷ビル)