日産自動車のモータースポーツ

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SUPER GTに参戦する日産・GT-R

日産自動車のモータースポーツでは、日産自動車モータースポーツ競技における実績を記述する。

日産自動車は、日本におけるモータースポーツのパイオニアの1社であり、日本だけでなく海外でも様々なレースに参加して数々の実績を積み上げ、高い技術力を示している。

概要[編集]

スポーツプロトタイプカーレースに初めて参入したのは1966年の第3回日本グランプリフェアレディSにて。ただしこのマシンは、その名のとおりフェアレディSR311に2リットル直列6気筒の純レース用エンジンを搭載した暫定版。この後ミッドシップの純粋プロトタイプが開発される予定だったが、プリンス自動車との合併でお蔵入りになった。プリンスから引き継いだR380R382に至るR38シリーズでトヨタポルシェを破り、1968年1969年の日本グランプリを制覇した。

その後排気ガス対策を名目にスポーツカーレースからは撤退し、1970年代前半にはツーリングカー路線にスカイラインGT-Rで参戦し圧倒的な強さを誇るが、1973年の第一次オイルショックにより一時ワークス活動を休止する。ただしワークス活動休止後も、日本独自のフォーミュラカーレースであるフォーミュラ・パシフィックへのエンジン供給など、一部活動は継続していた。

1980年代に入ると販売会社側からの要望に応えるかたちでシルエットフォーミュラを皮切りに徐々にワークス活動を再開し、1984年にそれまでの大森ワークスを母体にニッサン・モータースポーツ・インターナショナル(ニスモ)を設立すると本格的にスポーツカー耐久レースに取り組むこととなる。そして1986年からル・マン24時間レースにも参戦するようになるが、現在まで10回の挑戦で最高位は1998年の3位(マシンはR390GT1)。2008年現在は参戦休止中である。

グループCカー時代には世界スポーツプロトタイプカー選手権(WSPC)に1989年1990年の2年間フル参戦した。また、全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権(JSPC)3連覇(1990 - 1992年、マシンはそれぞれR90CPR91CPR92CP)、そしてデイトナ24時間レース総合優勝(1992年、マシンはR91CP)を成し遂げている。

現在は1993年から継続参戦している全日本GT選手権SUPER GTへの参戦がメインとなっており、上位クラスのGT500クラスに2003年まではスカイラインGT-Rで、2004年2007年まではフェアレディZで参戦していた。2008年からは前年にデビューした日産・GT-Rを投入する。また下位クラスのGT300クラスや、類似カテゴリーのスーパー耐久にも主にプライベーターがフェアレディZなどで参戦している。

また、かつては「ラリーの日産」と言われており、日本のメーカーの中でも最も古くからラリーに参加している。1980年代初頭にはサファリラリー4年連続優勝を成し遂げている(車両はいずれもA10系バイオレット、クラスはグループ2とグループ4)。しかし、世界ラリー選手権(WRC)のタイトルを取ったことはいまだなく、また1990年代後半からはラリーのトップカテゴリー(グループA→WRカー)から離れてしまったこともあり(下位カテゴリーであるF2クラスやグループNクラスには参戦していた)、日本で「ラリーに参戦している自動車メーカー」というイメージは三菱自動車スバルに持って行かれてしまった。2002年からはダカール・ラリーにもワークスチームを参戦させていたが、結局パジェロの牙城を崩すことはできないまま、2005年を最後に撤退している。

余談だが、WRCに関しては撤退後に(2001年頃になってもトミ・マキネンが愚痴を言うほどの唐突な撤退劇だったことに注意)、コルシカ島でSS走行中のプジョーをプリメーラワゴンがパッシングするというCMを放映し、専門誌の読者ページがこの話題一色となった。さらにその直後に日本製4WDターボ勢(クラスはグループA/WRカー)を敵に回してFFでNAのシトロエン(クラスはF2)がツール・ド・コルスとカタルニアの両ラリーで優勝したため、結果的にインプレッサやランエボより吊るしのプリメーラワゴンが速いという、マニアには信じられない意味合いを持つものとなってしまった。その後も日産のCMは他社の自動車を追い越すCMが多く見られたため、一時批判の的になった。

2015年のWECには三台のGT-R LM NISMOで参戦したが、熟成不足で開幕戦と第二戦を欠場した上、第三戦ル・マンでは同クラスのマシンより20秒も遅いタイムで予選を終え、さらにトップの110%に満たないタイムであったためLMP2の後ろに回されてしまった。決勝では信頼性の問題からハイブリッドシステムを作動させなかったため、LMP2より遅いタイムで周回し、トラブルにも見舞われて二台がリタイア、一台は周回不足で完走扱いにならないという大敗を喫した。その後もWECに参戦せず開発を続けていたが、同年12月のクリスマス前日に突然撤退が発表された。

2017年にはフォーミュラEに、既に参戦している親会社のルノーを引き継いで日産が参戦することが発表された。

年表[編集]

年代 内容
1936年 全国自動車競走大会(多摩川スピードウェイ)にダットサンNL75、NL76(共に750cc)で参戦。第2戦優勝。
1958年 オーストラリア モービルガス トライアルにダットサン210型で参戦。クラス優勝。
1963年 第1回日本グランプリにおいてクラス優勝(ダットサンスポーツ)。
1964年 第2回日本グランプリにおいてクラス優勝(ブルーバードスポーツ)。
1966年 第3回日本グランプリにフェアレディSで参戦。
1967年 サファリラリーに130型セドリックで参戦。

第4回日本グランプリ日産・R380で参戦。

1968年 5月 R381、R380-IIIで'68日本グランプリに参戦し、R381が総合優勝。
1969年 5月 JAFグランプリでPGC10型スカイラインGT-R(DOHC4バルブのS20型エンジン搭載)デビュー、優勝。

7月 '69富士1000kmレース RIIIクラスにR380が参戦、2位入賞。
10月 R382'69年日本グランプリに参戦し総合優勝。

1970年 レース・ド・ニッポンに参戦。S30型フェアレディZ 432が優勝。

510型ブルーバードがサファリラリー総合優勝。

1971年 レース・ド・ニッポンに参戦。S30型240Zが1位、2位、KPGC10型スカイラインGT-Rが3位、4位、510型ブルーバードSSSが5位と上位を独占。

S30型240Zがサファリラリー総合優勝。

1972年 富士GC第1戦スーパーツーリングで、KPGC10型スカイラインGT-Rが国内レース50勝達成。
1973年 S30型240Zがサファリラリー総合優勝。また610型ブルーバードUが2位、4位入賞。

5月 日本グランプリ FJ1300にてハヤシ708ニッサンが優勝。
8月 鈴鹿グレート20ドライバーズレース FJ1300にてマーチ733ニッサンが優勝。

1974年 マレーシア セランゴールグランプリに710型バイオレットターボで参戦、優勝。
1977年 フォーミュラ・パシフィック(FP)に1.6リットル直列4気筒DOHC16バルブLZ14エンジン供給開始。
1978年 PA10型バイオレットでサファリラリー参戦。
1979年 PA10型バイオレットでサファリラリー優勝。WRCメイクスランキング2位。

710型バイオレットターボで富士スーパーシルエットシリーズ(富士SS)、富士ロングディスタンス・シリーズ(富士LD)参戦。

1980年 PA10型バイオレットでサファリラリー連覇。WRCメイクスランキング2位。

PA10型バイオレットターボで富士SS、富士LD参戦。

1981年 PA10型バイオレットでサファリラリー3連覇。WRCメイクスランキング2位。

S110型シルビア/ガゼールターボで富士SS参戦。

1982年 PA10型バイオレットでサファリラリー4連覇。WRCメイクスランキング3位。

S110型シルビアターボ、910型ブルーバードターボ、R30型スカイラインターボで富士SS参戦。
LZ16型エンジン、FPを6年連続制覇。
11月 グループ5のスカイラインターボで、南アフリカキャラミで開催された9時間耐久レースに参戦。

1983年 2リットル直列4気筒LZ20ターボエンジン搭載のグループCカー(LM・03C/日産スカイラインターボCマーチ・83G/日産)で全日本耐久選手権(87年より全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権=JSPC)に参戦。

FJ24を搭載した240RSでWRC参戦。

1984年 第6回パリ・アルジェ・ダカールラリーにてパトロール(プライベーター)がディーゼルクラス優勝。

ニッサン・モータースポーツ・インターナショナル(NISMO)設立。翌年よりワークス活動再開。
スカイライン/シルビア用直列4気筒DOHC16バルブエンジンFJ20F3用エンジンとして鈴木亜久里ほかに供給開始。

1985年 セドリック/グロリア用V型6気筒3リットルエンジンVG30を全日本耐久選手権に投入。同エンジン搭載のマーチ85G/日産でWEC in JAPAN総合優勝を飾る。

R30型スカイラインRSターボで全日本ツーリングカー選手権(JTC)参戦開始。
240RSでWRCに参戦し、サファリラリーチーム優勝、アクロポリスラリー2年連続チーム優勝、ニュージーランドラリー総合6位。
Z31型フェアレディZ 300ZXで全日本ラリー選手権参戦。Cクラスシリーズチャンピオン獲得。
第7回パリ・アルジェ・ダカールラリーにてパトロール(プライベーター)がディーゼルクラス2位。

1986年 R86VR85Vル・マン24時間レースに参戦。R85Vで総合16位完走を果たす。R86V、R85V(マーチ製)、R810V(ローラ製)でJSPCに参戦。

R30スカイラインRSターボで、JTCチャンピオン獲得。

1987年 18年ぶりの純レース用エンジン、VEJ30(3リットルV型8気筒)エンジン、R87Eに搭載されデビュー。R87E(ニスモ)、R86V(チーム・ルマン)でル・マン24時間レースに参戦。全車リタイアに終わる。R87E、R86VでJSPCに参戦。

VG30Eを搭載したS12型200SXでWRCアイボリーコーストラリーに参戦。総合2位。さらに香港~北京ラリーで総合2位。
R31型スカイラインGTS-R、JTCに参戦開始。
WD21型テラノで仏プライベーターが第9回パリ・アルジェ・ダカールラリーに参戦。

1988年 R88C(ニスモ)、R87V、R88V(チーム・ルマン)でル・マン24時間レースに参戦。R88Cで総合14位完走を果たす。R88C、R88V、R87VでJSPCに参戦。

英国にニスモの前線基地、ニッサン・モータースポーツ・ヨーロッパ(NME)設立。同チームからR31型スカイラインGTS-Rでヨーロッパツーリングカー選手権(ETC)に参戦。R31型スカイラインでJTCに参戦。
IMSA GTPクラスにて日産・GTP ZX-Tがドライバーズタイトル獲得。IMSA記録の8連勝を含む、参戦12戦中9勝。
S12型200SX、K10型マーチターボでWRC サファリラリーに参戦し、200SXは総合2位A4クラス優勝、マーチもA3クラス優勝を獲得。200SXはアクロポリスで総合7位、アイボリーコーストで総合優勝。
第10回パリ・アルジェ・ダカールラリーにてVG30E搭載WD21型テラノが市販車無改造(マラソンクラス)クラス2位完走。ファラオラリー2位、3位。

1989年 新開発VRH35エンジンを搭載したローラ製カーボンモノコックシャシーのマシン・R89Cを投入してル・マン24時間レースに参戦。全車リタイアに終わる。世界スポーツプロトタイプカー選手権(WSPC)にR89Cで初めてフル参戦。最高位3位(ドニントンパークスパ・フランコルシャン)。R88C、R89C(ニスモ)、R89V(チーム・ルマン)でJSPCに参戦。

R31型スカイラインGTS-RでJTCに参戦し、最終戦を待たずにドライバーズタイトルを獲得。
IMSA GTPクラスにてGTP ZX-Tがドライバーズ・メイクスのダブルタイトル獲得。Z32型300ZXがIMSA GTOクラスに出場。
第11回パリ・チュニス・ダカールラリーにてVG30E搭載WD21型テラノが総合11位T1クラス優勝。バハスペイン T2クラス2位。ファラオラリー T2クラス優勝。アトラスラリー T1クラス優勝、T2クラス2位、4位。ポルトガルラリー T2クラス優勝。
MA09ERT搭載EK10FR型マーチR全日本ラリー選手権シリーズ優勝(Bクラス1001cc以上1600cc未満クラス)。
EK10GFR型マーチスーパーターボがWRC第6戦・アクロポリスラリーでクラス優勝総合10位(クラス分け、過給排気量930cc x1.4倍)
ザウルスカップ発足。

1990年 R90CP(ニスモ)、R90CK(NME、NPTI)、R89C(チーム・ルマン、クラージュ)でル・マン24時間レースに参戦。R90CKでポールポジションを獲得。R90CPで総合5位完走。R90CKでWSPCフル参戦。最高位2位(カナダ、メキシコ)。R90CP(ニスモ)、R90V(チーム・ルマン)でJSPCに参戦、ドライバーズタイトル、メイクスタイトルの2冠を達成。

BNR32型スカイラインGT-R、JTCに参戦。全6戦で6勝しシリーズチャンピオン獲得。その後、1993年 JTC閉幕までに29連勝を達成する。
ベルギー スパ・フランコルシャン24時間レースにBNR32型スカイラインGT-Rで参戦(グループN)し、表彰台独占。
その他、GT-Rはマカオグランプリ ギア・レースに参戦し総合優勝。N1耐久シリーズ、全日本ダートトライアル選手権にも参戦。チュニジアラリー T1クラス2位。アトラスラリー T1クラス優勝、2位、T2クラス3位。オーストラリアサファリラリー T2クラス優勝。
IMSA GTPシリーズに参戦している米エレクトラモーティブ社に資本参加し、同社の社名をニッサン・パフォーマンス・テクノロジー(NPTI)に変更、米国日産のワークスチームとなる。同チームのGTP ZX-Tおよびその発展型・NPT90が3年連続ドライバーズタイトル、2年連続メイクスタイトル獲得。
綾部美津雄が全日本ラリー選手権でHNU12型ブルーバードSSS-Rに乗り当時の記録となる4連勝を達成。乗り換えたRNN14型パルサーGTI-RでCクラスチャンピオンになる。

1991年 スパ・フランコルシャン 24時間レースにBNR32型GT-RでグループA、グループN両方に参戦し、グループAで総合優勝。グループNでクラス優勝。

R91CP(ニスモ)、R91CK(ノバエンジニアリング)、R91V、R91VP(チーム・ルマン)でJSPCに参戦し、2年連続ドライバーズタイトル、メイクスタイトルの2冠を達成。
スカイラインGT-Rは引き続きJTC、N1耐久に参戦し共に年間チャンピオンを獲得。
IMSA GTPシリーズにNPT90が参戦。4年連続ドライバーズタイトル、3年連続メイクスタイトル獲得。開幕戦デイトナ24時間レースにはR90CKで参戦、2位入賞。
RNN14型パルサーGTI-RでWRC参戦。
ワンメイクレースザウルスジュニアカップ開催。
第13回パリ・トリポリ・ダカールラリーにてWD21型テラノがT2クラス優勝。ファラオラリー T1クラス優勝、T2クラス優勝、ディーゼルクラス優勝。

1992年 R91CP、R91CK、R90C(IMSA GTP仕様)、Z32型300ZX(IMSA GTS仕様)、S13型240SX(IMSA GTU仕様)でデイトナ24時間レースに参戦。R91CPが日本人ドライバー・日本車の組み合わせにおいて史上初の総合優勝。

スパ・フランコルシャン 24時間レースにBNR32型GT-RでグループA、グループN両方に参戦し、グループAはリタイアするが、グループNでは3年連続クラス優勝。
R92CP(ニスモ)、R91CP(テイクワン)、R90CK(ノバエンジニアリング)でJSPCに参戦。3年連続ダブルタイトル獲得。最終戦のみ、3.5リットル自然吸気V型12気筒VRT35型エンジンを搭載したNP35が参戦。
GT-Rは引き続きJTC、N1耐久共に年間チャンピオンを獲得。
Z32型300ZXがIMSA GTSシリーズでタイトル獲得。
RNN14型パルサーGTI-RでWRC参戦。スウェディッシュラリーで総合3位獲得するも、ワークスは撤退。グループNでは年間タイトル獲得。
第14回パリ・ケープタウンラリー T2クラス優勝、マラソンクラス2位(テラノ)。パリ・モスクワ・北京ラリー T1クラス優勝、2位、T2クラス2位。ファラオラリー T2クラス優勝。アトラスラリー T1クラス優勝、T2クラス1位~4位。オーストラリアサファリラリー T1クラス優勝、T3クラス2位~4位。

1993年 BNR32型GT-RおよびS12型シルビアで全日本GT選手権 (JGTC) 参戦。GT-Rが年間チャンピオンを獲得する。GT-Rは引続きJTC、N1耐久共に年間チャンピオンを獲得。この年JTCは閉幕する。ソーラーカー 「サンフィーバー」でインターナショナルソーラーカーレースに参戦。総合2位。

ニコラ1000ポルトガルラリー T1クラス優勝、2位、T2クラス2位~4位。バハ・アラゴンスペインラリー T1クラス優勝、T2クラス2位。チュニジアラリー T1クラス優勝、3位、T2クラス2位、4位。ファラオラリー ディーゼルクラス優勝、T2クラス3位。アトラスラリー T1クラス優勝、2位、T2クラス2位~4位。オーストラリアサファリラリー T3クラス優勝。
WD21型テラノがFIAクロスカントリーラリーワールドカップマラソントロフィー(T1クラスのチャンピオン)獲得。
WRC・F2クラスにN14型サニーGTIを投入。

1994年 P10型プリメーラGTE、B14サニーでこの年に開幕した全日本ツーリングカー選手権(JTCC)に参戦。

BNR32型GT-Rは引続きJGTC、N1耐久共に年間チャンピオンを獲得。また、この年JGTCにはプライベーターでZ32型フェアレディZがGT1クラスに、S13型シルビア、R31型スカイラインGTS-R、R30型スカイラインRSがGT2クラスに参戦し、スカイラインGTS-RがGT2クラスシリーズチャンピオンを獲得している。
Z32型300ZXがIMSA-GTSシリーズでタイトル獲得。
チュニジアラリー T1クラス優勝、2位、T2クラス優勝、ディーゼルクラス優勝。アトラスラリー T2クラス優勝。バハスペインラリー T2クラス優勝。バハイタリアラリー T2クラス優勝。オーストラリアサファリラリー T2クラス優勝。
WD21型テラノがFIAクロスカントリーラリーワールドカップマラソントロフィー獲得。

1995年 ニスモGT-R LMでル・マン24時間レースに参戦。総合10位(クラス5位)完走を果たす。

BCNR33型GT-RでJGTCおよびN1耐久に参戦し、共にシリーズチャンピオン獲得。また、前年同様JGTC GT2クラスではプライベーターのR31型スカイラインがシリーズチャンピオンを獲得。BNR32型GT-R、Z32型フェアレディZ(最終戦はIMSA GTS仕様)、S13型シルビア、R30型スカイラインもプライベーターの手でJGTCに参戦している。
JTCCにはP10型プリメーラおよびB14型サニーで引続き参戦。
第17回グラナダ・ダカールラリーにてWD21型テラノがT1クラス優勝、T2クラス2位~4位。
WD21型テラノがFIAクロスカントリーラリーワールドカップマラソントロフィー3年連続で獲得。

1996年 ニスモGT-R LMでル・マン24時間レースに参戦。総合15位(クラス10位)完走。

BCNR33型GT-RでJGTCおよびスーパーN1耐久シリーズに参戦。JGTCではタイトルを逃すものの、スーパーN1ではシリーズチャンピオンを獲得。JGTCにはBNR32型GT-R、R31型スカイライン、S14型シルビア、Z32型フェアレディZ IMSA GTS仕様がプライベーターの手により参戦。
P11型プリメーラはJTCCに、B14型サニーはJTCCと東南アジア・ツーリングカー・ゾーン・チャレンジ(SEATCZC)に地元チームの手で参戦。
第2回ラリーレイド・モンゴル参戦。

1997年 R390 GT1でル・マン24時間レースに参戦。総合12位完走を果たす。またこの年のル・マンではBCNR33型GT-Rがペースカーを務めた。

JGTCにはBCNR33型GT-Rで参戦するが、年間チャンピオンを逃す。プライベーターではBNR32型GT-R、R31型スカイライン、S13型&S14型シルビア、Z32型フェアレディZ IMSA GTS仕様が参戦。
JTCCにはP11型プリメーラで参戦(JTCCからは同年限りで撤退)。
スーパーN1ではBCNR33型GT-Rが年間チャンピオン獲得。十勝24時間レースではGTクラス、N1クラス2冠達成。
第19回ダカール・アガデス・ダカールラリーにてテラノが総合6位完走。第3回ラリーレイド・モンゴルにR50型テラノで参戦し、総合優勝。
WRC、K11型マーチをキットカー化したマイクラ・キットカーを投入。後に全日本ラリー選手権に出場するマーチにも、同じボディキットが用いられる
北米のフォーミュラカーシリーズであるインディ・レーシング・リーグ(IRL)にインフィニティブランドでエンジン供給開始(~2002年)。
第1回ニスモフェスティバルが富士スピードウェイで開催。以後毎年年末に開催される。

1998年 R390 GT1でル・マン24時間レースに参戦。日本人ドライバー・日本車の組み合わせにおいて、最高位である総合3位を獲得、日本人ドライバー・日本車の組み合わせの表彰台は、史上初の快挙を達成する。他、総合5位、6位、10位とエントリーした4台すべてが総合10位圏内に入った。なお、日本車が全車完走したのは、後も先にも日産チームのみ。また、この年はクラージュにエンジンを供給したCourage C51-NISSANも参戦した。

JGTCにはBCNR33型GT-R、S14型シルビアで参戦し、GT-RがJGTCドライバーズタイトル、チームタイトルの2冠達成。
スーパー耐久(S耐)にはBCNR33型GT-R、N15型パルサーで参戦。GT-Rがシリーズチャンピオン、パルサーがシリーズランキング2位、3位を飾る。
P11型プリメーラでイギリスツーリングカー選手権(BTCC)、SEATCZCに参戦。BTCCではマニュファクチャラーズタイトル、SEATCZCでは年間ドライバーズランキング2位獲得。また、マカオギアレースとの混走となった最終戦では総合4位完走。
WRC、N15型アルメーラをキットカー化したアルメーラ・キットカーを投入。
スペインにてフォーミュラ・ニッサン発足。

1999年 R391、C52(クラージュ)でル・マン24時間レースに参戦。C52のみ総合8位完走。その後R391はル・マン富士1000kmに参戦し、総合優勝。

ニュルブルクリンク24時間レース(ADAC 24h-Rennen)にBCNR33型GT-Rで参戦し、総合6位完走。
第28回インターナショナルポッカ1000km GT300クラスおよびS耐クラスにそれぞれS15型シルビア、BNR34型GT-Rで参戦。各クラス優勝。JGTCにはBNR34型GT-R、S15型シルビアで参戦。GT-Rがドライバーズタイトルを獲得。S耐においてもBNR34型GT-Rがシリーズチャンピオンを獲得。
P11型プリメーラでBTCCに参戦しドライバーズタイトル、マニュファクチャラーズタイトルの2冠達成。
第21回パリ・ダカールラリー T2クラス7位、8位。第5回ラリーレイド・モンゴルにR50型テラノで参戦し、総合優勝。

2000年 BNR34型GT-R、S15型シルビアでJGTCに参戦。年間タイトル獲得ならず。一方、S耐ではBNR34型GT-Rが全勝し、年間タイトルを獲得、N15型パルサーは年間ポイント2位を獲得している。

第29回インターナショナルポッカ1000km GT500クラスおよびS耐クラスにそれぞれBNR34型GT-Rで参戦。GT500クラスは途中リタイヤ、S耐クラスはクラス優勝。インターテックinコリアにS耐仕様BNR34型GT-Rで参戦し表彰台を独占。
スウェーデンツーリングカー選手権(STCC)にP11型プリメーラで参戦しドライバーズタイトル獲得。 南アフリカツーリングカー選手権にP11型プリメーラで参戦し、ドライバーズタイトル、マニュファクチャラーズタイトルの2冠達成。プリメーラはBTCCにも参戦。
第22回パリ・ダカールカイロラリー T2クラスにVQ35DE搭載R50型テラノで参戦し総合8位完走。第6回ラリーレイド・モンゴルにVG33E搭載R50型テラノで参戦し、総合優勝を飾る。
K11型マーチ、N15型パルサーが全日本ラリー選手権2輪駆動部門に参戦し、それぞれAクラス、Bクラスのドライバーズタイトルを獲得。
IRL参戦4年目にして初優勝。
東名エンジンが全日本F3選手権にSR20VEの供給を開始(バッジネームスリーボンド)。
アメリカン・ル・マン・シリーズ(ALMS)、スポーツレーシング・ワールドカップ、アメリカ・グランダム・ロードレーシング、ル・マン24時間レースにVQエンジン供給。スポーツレーシング・ワールドカップ SPORTS RACING LIGHTSクラスではドライバーズタイトル、アメリカ・グランダム・ロードレーシングIIクラスではドライバー、マニュファクチャラー両タイトル獲得。

2001年 BNR34型GT-R、S15型シルビアでJGTCに参戦。GT500クラスチームタイトル獲得。シルビアはドライバーズタイトル獲得。GT-R、シルビアが参戦するS耐では、GT-Rが全勝し年間タイトルを獲得。ニュルブルクリンク24時間レースにBNR34型&BCNR33型GT-Rで参戦。第30回インターナショナルポッカ1000km GT300クラスおよびS耐クラスにそれぞれS15型シルビア、BNR34型GT-Rで参戦。シルビアが総合7位クラス優勝。

P11型プリメーラでSTCCおよびFIAヨーロッパ・ツーリングカー選手権参戦。
VQ35DEを搭載するR50型テラノで第23回パリ・ダカールラリーに参戦し、総合12位T1クラス優勝。南アフリカ・オフロード選手権(SAOC)クラスT(スーパートラック)にVQ35DE搭載D22型ハードボディで参戦。シリーズ優勝。
K11型マーチ、N15型パルサー、S15型シルビアが全日本ラリー選手権2輪駆動部門に参戦し、マーチがAクラスのドライバーズタイトルを獲得。
第28回ロレックス・モントレー・ヒストリック・オートモービル・レースに1971年BREダットサン510で参戦し、2.5チャレンジ・クラス優勝。
インターナショナルF3マカオグランプリ、コリアスーパープリにSR20VE搭載車が参戦し、コリアにて12位完走。 FIAスポーツカー選手権(FIA-SCC)SR2クラスにVQエンジン供給。ドライバー、チーム両タイトル獲得。グランダムスポーツカーシリーズSRP IIクラスにVQエンジン供給。ドライバー、エンジン・マニュファクチャラー両タイトル獲得。ALMS LMP675クラスにVQエンジン供給。エンジン・マニュファクチャラータイトル獲得。

2002年 BNR34型GT-R、S15型シルビアでJGTCに参戦。GT-Rは第5戦よりそれまでのRB26DETTからVQ30DETTに搭載エンジンが変更されたが、シルビアと共に年間タイトル獲得ならず。S耐ではGT-Rが全勝し年間タイトルを獲得。ニュルブルクリンク24時間レースにBNR34型GT-Rで参戦し、総合5位完走。第31回インターナショナルポッカ1000km GT500クラスおよびS耐クラスにBNR34型GT-Rで参戦。全車リタイヤとなる。

第24回トタール・アラス・マドリード・ダカール・ラリーにVQ35DE搭載D22型ピックアップ、VQ35DE搭載エクストレイル、VQ35DE搭載R50型テラノで参戦。テラノが総合11位プロダクション部門2位を獲得。FIAクロスカントリーラリー選手権参戦。SAOCにハードボディで参戦。クラスDおよびクラスTでシリーズ優勝。FIAトロフィー・バハ参戦シリーズ2位。
K11型マーチ、S15型シルビアが全日本ラリー選手権2輪駆動部門に参戦し、マーチがAクラスのシリーズ3位、シルビアがシリーズ2位、4位を獲得。
第86回インディ500にてインフィニティエンジン搭載車が総合5位獲得。IRLメーカー・オブザイヤーを獲得するが、IRLへのエンジン供給は2002年をもって終了。
FIA-SCC SR2クラスにVQエンジン供給。グランダムスポーツカーシリーズSRP IIクラスにVQエンジン供給。ドライバー、エンジン・マニュファクチャラー両タイトル獲得。ALMS LMP675クラスにVQエンジン供給。
前年までのフォーミュラ・ニッサンがワールドシリーズ・バイ・ニッサンとしてリニューアル。インフィニティ・プロ・シリーズ、フォーミュラ・ニッサン2000発足。

2003年 前年同様VQエンジン搭載のGT-R・シルビアに加え、VQ35DEを搭載したZ33型フェアレディZがJGTCのGT300クラスに参戦。GT-R、フェアレディZ共にドライバーズタイトルを獲得。GT500クラスはチームタイトルも獲得し、2冠達成。S耐にはGT-Rに加えフェアレディZも参戦。GT-Rはシリーズ発足以来13年連続でシリーズチャンピオン獲得。ニュルブルクリンク24時間レースにBNR34型GT-Rで参戦し、総合54位A8クラス2位完走。

SCCAスピードツーリングカー・シリーズにセントラSE-Rが参戦。シリーズ4位。
第25回テレフォニカ・ダカール2003にVQ35DE搭載D22型ピックアップで参戦し、総合5位完走。FIAクロスカントリーラリー・ワールドカップ、FIAトロフィー・バハに参戦。SAOCにD22型ハードボディで参戦。クラスDおよびクラスTでシリーズ優勝、マニュファクチャラーズタイトルを獲得。
K11型マーチ、Z33型フェアレディZが全日本ラリー選手権2輪駆動部門に参戦(ドライバーは`マッドドッグ`三好)。マーチはシリーズ2位、3位、フェアレディZはシリーズ4位で参戦初年度を終了。
第81回パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムにVQ35DE、RB26DETTそれぞれを搭載したZ33型フェアレディZが参戦。オープンクラス3位、4位完走。
FIA-SCC SR2クラスにVQエンジン供給。ドライバーズタイトル獲得。グランダムスポーツカーシリーズSRP IIクラスにVQエンジン供給。開幕戦のデイトナ24時間レースでは、総合7位、8位完走。ALMS LMP675クラスにVQエンジン供給。ドライバーズ4位、マニュファクチャラーズ2位獲得。
全日本F3選手権第7戦にてSR20VE搭載車がポール・トゥ・ウィン。F3での優勝は1989年以来でありシリーズ2位を獲得。マニュファクチャラーズランキングもホンダを抜き2位を獲得。
グランダムカップシリーズGS-IIクラスにZ33型350Zが参戦。
米国オフロード・レーシング選手権(CORR) Pro-LiteクラスにD22型ピックアップが参戦。シリーズ4位。

2004年 VQ30DETTを搭載したZ33型フェアレディZでJGTCのGT500クラスに参戦しドライバーズタイトル、チームタイトルの2冠達成。S耐でもフェアレディZがクラス3シリーズチャンピオン獲得。ニュルブルクリンク24時間レースにBNR34型GT-Rで参戦し、総合5位A8クラス優勝。

第26回テレフォニカ・ダカール2004にVQ35DE搭載D22型ピックアップ、パトロール、R50型パスファインダーで参戦。ピックアップが総合7位入賞、パトロールが総合22位T1クラス優勝を果たす。
ハードボディで参戦しているSAOCにて総合プロダクションマシン、マニュファクチャラーズ、クラスT、クラスDの各タイトルを獲得。マニュファクチャラーズは4年連続、クラスTドライバーズタイトルは2年連続。
全日本ラリー選手権2輪駆動部門にZ33型フェアレディZおよびK11型マーチが参戦。
ワールドシリーズ・バイ・ニッサン閉幕。

2005年 Z33型フェアレディZでSUPER GTのGT500/GT300両クラスに参戦。また同年より、S耐のST1クラスに特認パーツを装着したフェアレディZが参戦を開始。ST3との2クラス同時参戦という異例の形となった。

ダカール・ラリーにVQ35DE搭載D22型ピックアップ等で参戦、総合4位に入賞。ダカール・ラリーへのワークス参戦はこの年が最後となった。

2006年 Z33型フェアレディZでSUPER GTのGT500/GT300クラス、S耐のST1/ST3クラスに参戦。SUPER GTは新たにKONDO Racingが陣営に加わり5台体制となる。

ホンダトヨタ及び、フォーミュラ・ニッポンを主催する日本レースプロモーション(JRP)と共同で、新たなジュニア・フォーミュラのクラスとしてフォーミュラチャレンジ・ジャパン(FCJ)を発足させる。

2007年 Z33型フェアレディZでSUPER GTのGT500/GT300クラス、S耐のST1/ST3クラスに参戦。S耐のST1クラスでシリーズチャンピオンを獲得。
2008年 前年にデビューした日産・GT-RでSUPER GT・GT500クラスに参戦、年間7勝を達成。XANAVI NISMO GT-Rが同年ドライバーズチャンピオンを獲得。GT300クラスには引き続きZ33型フェアレディZで参戦、MOLAレオパレスZがドライバーズ、チームチャンピオンの2冠を獲得。

公式ホームページとマスコットキャラクター「トラベアーくん」[編集]

日本における自動車モータースポーツのパイオニアのひとつである日産だけあり、モータースポーツ関連ホームページも開設しており、ネット上でも積極的にプロモーション活動を展開している。日本国内のSUPER GTはもちろん、海外のFIA GTなど、扱っている内容も幅広く、コンテンツも充実している。

その中のひとつで、2008年から開設した「世界のレースをエンジョイしよう!」に登場したのが、マスコットキャラクター「NISSANベア」で、彼がNISSANロゴの入った赤いTシャツをトレードマークに、背中にリュックサックを背負って世界中のモータースポーツを見て回り紹介する、というものである。

2008年には同ホームページでNISSANベアの名前募集キャンペーンが行われ、一般公募の結果「トラベアー」に決定した。名前の由来は「世界中を旅する(トラベル)」+「くま(ベアー)」から。その後も持ち前の好奇心で世界中のモータースポーツを見て回り、またこれ以外にも日産モータースポーツ公式サイトの「モータースポーツアカデミー」をはじめとする様々なコンテンツに登場するなど、日産モータースポーツのマスコットキャラクターとして定着し大活躍している。 なお2010年度日産モータースポーツ体制発表会では、トラベアーくんがTwitterで内容をつぶやくという企画も行われ、2011年からは日産モータースポーツの公式twitterに活躍の場を移している。ちなみにサイズは以前より小さくなり、キーホルダーサイズになっている。

2012年からは日産の公式スマートフォンサイトにも進出。日産販売店でのアフターサービスを彼が紹介する「GO!GO!トラベアー」のコーナーを持つようになった。ちなみにこの時のトラベアーはぬいぐるみサイズになっている。

関連項目[編集]