日立ハローサタデー・マジカルチャンネル・小堺一機のヤングプラザ

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日立ハローサタデー・マジカルチャンネル・小堺一機のヤングプラザ(ひたちハローサタデー マジカルチャンネル こさかいかずきのヤングプラザ)は、文化放送1987年6月6日から1991年10月5日まで4年4ヶ月間、毎週土曜日17:00~18:00に放送された生放送ラジオ番組で、日立製作所の一社提供番組「日立ハローサタデー」の最終番組。同シリーズでは唯一昭和から平成を通り越している。

概要[編集]

パーソナリティー小堺一機と、当時アイドル歌手として絶頂期の島田奈美だったが、放送期間中の1990年7月28日の放送で、島田奈美が芸能界引退のため降板。そのため彼女に代わる女性パーソナリティーについて、製作局の文化放送社内で検討されたことと思われるが実現せず、その後は小堺ひとりで担当した。番組には『今週の名ゼリフ』[1]、『カズキスタン』(小堺が独断と偏見で解説するコーナー)、『オープン留守番電話』(リスナーの留守電メッセージを紹介)などのコーナーがあった。[2] 中継コーナーでは、当時、小堺と同じ事務所に所属していた堀敏彦(現・テレビ新潟アナウンサー)が担当したが、仕事の都合で代役を務めた回もあった。なお、1989年1月7日の放送は昭和天皇崩御関連の報道特別番組のため休止された。

出演者[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 当時の各新聞縮刷版ラジオ欄より。
  2. ^ 月刊ラジオパラダイス 1988年10月号「ラジパラタイムス」(68ページ)より。