旧伊達郡役所

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旧伊達郡役所
KyuDateGunyakusho2006-12.jpg
正面外観
情報
設計者 山内幸之助・銀作[1]
施工 山内幸之助・銀作[1]
構造形式 木造、二階建、一部一階、玄関及び中央部塔屋付、桟瓦葺[2]
建築面積 376.2 m² [2]
竣工 1883年[1][2]
所在地 福島県伊達郡桑折町陣屋12[3][2]
座標 北緯37度50分36.4秒 東経140度31分7.7秒 / 北緯37.843444度 東経140.518806度 / 37.843444; 140.518806座標: 北緯37度50分36.4秒 東経140度31分7.7秒 / 北緯37.843444度 東経140.518806度 / 37.843444; 140.518806
文化財指定 国の重要文化財[3][2]
指定日 1977年6月27日[3][2]
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旧伊達郡役所(きゅうだてぐんやくしょ)は、福島県伊達郡桑折町に残る明治時代初期の洋風庁舎である。

沿革[編集]

伊達郡の郡役所は1879年に保原町に設置されたが、桑折町の有志が誘致運動を行ったことにより1883年(明治16年)4月に桑折町に移された[3]。その際に新築された庁舎が、現在も残る旧伊達郡役所の建物である[1]。廃止になるまでの約43年間、郡行政の中心的役割を果たし、廃止後も県の出先機関として利用されていたが、1974年3月にその役目を終えた[1]

1977年6月27日に、国の重要文化財に指定される[3]。塔屋は振動のため1887年に撤去されていたが、1979年の工事で当初の形に復元された[3]

東日本大震災で被害を受けたが、耐震補強を含めた修復工事を行い[1]2014年4月1日に再オープンした[3]。震災前は、年間4000人の観光客が訪れる町のシンボルとなっていた[1]

建築概要[編集]

地元大工の山内幸之助・銀作の手による[1]擬洋風建築である[3][2]。郡役所で遺存している建物のうちでは最大規模を持つ[2]。質がよく改変も少ないことから、明治初期の建築の特徴をよく示している[2]

基礎は切石を積み、北海道及び東北地方の重要建造物と同様に、ベランダを張り出したペンキ塗下見板壁になっている。正面は総二階建、中央塔屋を設け、軒は化粧垂木様飾りに円形刳り蛇腹、窓はすべてガラス入りの上げ下げ窓と洋風を模している。[3]

出典[編集]

参考文献[編集]