旭岡駅

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旭岡駅
あさひおか
Asahioka
春日 (8.0km)
(6.6km)
所在地 北海道勇払郡むかわ町字旭岡
所属事業者 日本国有鉄道(国鉄)
所属路線 富内線
キロ程 15.8km(鵡川起点)
電報略号 アオ←アヲ
駅構造 地上駅
ホーム 1面2線
開業年月日 1922年大正11年)7月24日
廃止年月日 1986年昭和61年)11月1日
備考 富内線廃線に伴い廃駅
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1975年の旭岡駅と周囲約750m範囲。右側が日高町方面。構内日高町寄りに島式ホーム1面2線と駅裏側に留置線、駅舎横鵡川寄りに貨物ホームと引込み線が全て残されているが、後に駅裏側線は日高町側が切られて保線用となり、貨物ホーム引込線は撤去された。貨物ホーム側のストックヤードには地場産業である砂利が野積みされている。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

旭岡駅(あさひおかえき)は、北海道胆振支庁勇払郡鵡川町字旭岡(現・むかわ町)にかつて設置されていた、日本国有鉄道(国鉄)富内線廃駅)である。電報略号アオ。富内線の廃線に伴い、1986年(昭和61年)11月1日に廃駅となった。

歴史[編集]

  • 1922年(大正11年)7月24日 - 北海道鉱業鉄道金山線沼ノ端駅 -当駅間の開通に伴い、生鼈駅(いくべつえき)として開業。一般駅
  • 1923年(大正12年)6月12日 - 当駅 - 似湾駅(後の栄駅)間の延伸開通に伴い、中間駅となる。
  • 1924年(大正13年)3月3日 - 北海道鉱業鉄道が社名を北海道鉄道(2代目)に改称し、それに伴い同鉄道の駅となる。
  • 1943年(昭和18年)8月1日 - 北海道鉄道が戦時買収により、国有化。路線名が富内線に改称され、それに伴い同線の駅となる。同時に旭岡駅に改称。
  • 1977年(昭和52年)2月1日 - 貨物・荷物の取り扱いを廃止。同時に出札・改札業務を停止し、旅客業務については無人化。列車交換設備を有し、閉塞扱いの運転要員は営業最終日まで継続配置。
  • 1986年(昭和61年)11月1日 - 富内線の全線廃止に伴い、廃駅となる。

駅構造[編集]

廃止時点で、島式ホーム1面2線を有する地上駅で、列車交換が可能な交換駅であった[1]。駅舎側(南側)が上りの1番線、外側(北側)が下りの2番線となっていた。その他、2番線の外側に鵡川方から分岐した行き止まりの側線を1線有していた[1]。かつては蒸気機関車の給水設備が設置され、木材や木炭の出荷駅であった[2]

最終日まで、無人駅扱いの運転取り扱い要員のみが配置されていた駅であった。乗車券類は簡易委託化されており、廃止時まで販売が行われていた。駅舎は構内の南側に位置し、ホーム西側とを結ぶ構内踏切で連絡した[1]

かつては、駅弁も販売されていたという[2]

駅名の由来[編集]

当駅が所在した地名より。

利用状況[編集]

  • 1981年度(昭和56年度)の1日当たりの乗降客数は38人[1]

駅周辺[編集]

駅跡[編集]

1999年(平成11年)時点では、空き地と砂利置き場になっていた[2]。2011年(平成23年)時点では更地で、バスの転回所と待合所となっている[4]

また、1999年(平成11年)時点では線路跡が転用された道路を北に約1km進んだ地点に、落石避けのシェッドが3箇所残存していた[2]

隣の駅[編集]

日本国有鉄道
富内線
春日駅 - 旭岡駅 - 栄駅
かつて春日駅(当時は萠別駅)と当駅との間に芭呂沢駅(ばろさわえき)が存在した(1923年(大正12年)6月12日開業。1943年(昭和18年)8月1日廃止)。
かつて当駅と栄駅(当時は似湾駅)との間に貨物のみ取扱いの木金似仮停車場(ききんにかりていしゃじょう)が存在した(1927年(昭和2年)9月8日開業。1931年(昭和6年)5月31日廃止)。

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d 書籍『国鉄全線各駅停車1 北海道690駅』(小学館1983年7月発行)106ページより。
  2. ^ a b c d 書籍『鉄道廃線跡を歩くVII』(JTBパブリッシング2000年1月発行)65ページより。
  3. ^ 書籍『北海道道路地図 改訂版』(地勢堂、1980年3月発行)11ページより。
  4. ^ 書籍『北海道の鉄道廃線跡』(著:本久公洋、北海道新聞社2011年9月発行)83-84ページより。

関連項目[編集]