明治鍼灸短期大学

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明治鍼灸短期大学
大学設置 1978年
創立 1925年
廃止 [[{{{廃止年}}}]]
学校種別 私立
設置者 学校法人明治東洋医学院
本部所在地 京都府船井郡日吉町保野田ヒノ谷6[1]
学部 鍼灸学科
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明治鍼灸短期大学(めいじしんきゅうたんきだいがく、英語: Meiji College of Acupuncture Medicine[2])は、京都府船井郡日吉町保野田ヒノ谷6[1]に本部を置いていた日本私立大学である。1978年に設置。学生募集は1982年度まで。1983年度より明治鍼灸大学の設置により短期大学は学生募集を停止し、1987年12月23日廃止[3]

概要[編集]

大学全体[編集]

  • 明治鍼灸短期大学は学校法人明治東洋医学院により1978年に設置された日本私立短期大学。鍼灸学科のみ設置されていた。

教育および研究[編集]

  • 明治鍼灸短期大学は、鍼灸師養成に力をいれていた。今日における明治国際医療大学鍼灸学部に受け継がれている。

学風および特色[編集]

  • 明治鍼灸短期大学は、日本で初めて鍼灸師を養成する短大として設置された。

沿革[編集]

略歴[編集]

  • 鍼灸師の養成は従来、全て各種学校でのみ行われていた。そのため、教育内容や施設さらに教員などの面で遅れていたのが現状で、大学レベルに格上げすることの必要性が強調されたことから念願叶って漸く日本初の鍼灸師要請の短期大学として明治鍼灸短期大学として設置されたのである[4]

年表[編集]

  • 1925年 山崎鍼灸学院を創設する。
  • 1927年 明治鍼灸学院に改称。
  • 1978年 明治鍼灸短期大学として開学。鍼灸学科を置く[5]
  • 1982年度をもって学生募集を終了。
  • 1985年 現役学生、最後の卒業生を輩出する[6]。以後、明治鍼灸大学(のち明治国際医療大学)へ継承される。
  • 1987年12月23日廃止[3]

基礎データ[編集]

所在地[編集]

  • 京都府船井郡日吉町保野田ヒノ谷6[1]

象徴[編集]

  • 明治鍼灸短期大学のカレッジマークには、「明醫大」の文字が縦に記されていた。なお、「醫」は「医」の旧字体である[4]

教育および研究[編集]

組織[編集]

学科[編集]

  • 鍼灸学科[7]

専攻科[編集]

  • なし

別科[編集]

  • なし

取得資格について[編集]

  • 鍼灸師受験資格が得られるシステムとなっていた。

附属機関[編集]

  • 東洋医学研究所:1982年に設置された。

大学関係者と組織[編集]

大学関係者一覧[編集]

大学関係者[編集]

  • 河上邦治:開学から閉学まで学長を歴任。

出身者[編集]

  • 荒木一成:恐竜造形家。造形活動外では病院に勤務していた。

対外関係[編集]

系列校[編集]

卒業後の進路について[編集]

就職について[編集]

  • 専門職として病院診療所などの医療機関への就職者が大半となっていた。

参考文献[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 現在は南丹市日吉地区
  2. ^ CiNii雑誌高血圧症のハリ治療 (第44回日本温泉気候物理医学会総会) -- (ハリ治療の臨床(シンポジウム-1-))-より
  3. ^ a b 平成23年度『全国短期大学高等専門学校一覧』282頁より。
  4. ^ a b 『日本の私立短期大学』(日本私立短期大学協会発行:1980年)256頁より。
  5. ^ 昭和54年度版『全国学校総覧』(49ページ)によると、在学者数は125(うち女子18)となっている。
  6. ^ 但し、1985年5月1日時点での学生総数が15(うち女子3)であるというデータが、昭和61年度版『総覧』63頁に記されている。
  7. ^ 入学定員は120名となっていた

関連項目[編集]

関連サイト[編集]