明石一

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あかし はじめ
明石 一
プロフィール
性別 男性
出生地 日本の旗 日本東京府南多摩郡小宮町(現・東京都八王子市
生年月日 (1930-12-07) 1930年12月7日(88歳)
職業 声優俳優ナレーター
事務所 TBS放送劇団
活動
活動期間 1955年 - 1969年
1998年
デビュー作おやゆび姫
声優:テンプレート | プロジェクト | カテゴリ

明石 一(あかし はじめ、1930年12月7日[1] - )は、日本男性声優俳優ナレーター。別名:明石 速男(あかし はやお)。

東京府南多摩郡小宮町(現・東京都八王子市)出身。ラジオ東京放送劇団(後のTBS放送劇団)に所属していた。

人物[編集]

TBS放送劇団を経て、主にナレーターとして活躍していた。一時期、「明石速男」という名で活動していたこともあった。代表作に『エイトマン』のナレーションや『ジャングル大帝』のカモシカのトミーなどがある。やや早口なのが特徴。1969年8月、後述の闘争ハンスト事件を起こしたことが原因で活動を一切行わなくなった。

その後、1998年にNINTENDO64から発売された『ドラえもん2 のび太と光の神殿』では約29年ぶりに活動を再開したが、それ以来は再び活動を行っていない。現在の消息は不明である。

闘争ハンスト事件[編集]

1969年8月25日、当時TBS放送劇団の団員の一人でもあった明石が突然、TBS放送局の役員室のある四階のエレベーター前の一角に死装束を着て、頭に三角の額あてを巻いた姿で座り込み、線香を焚いてハンガー・ストライキを起こす事件があった。

きっかけは、TBSがかつて当局に長い間存在した、KR放送劇団というラジオ放送のための劇団を解散することにあった。その際に劇団員は契約を解除することになったが、交渉のなかで彼に対して、「契約解除に応ずればTBSの社員にする」という約束をした。ところが劇団が解散になっても、明石への社員化の約束が守られなかった。そこで彼はこのストライキを起こしたのであった。

初めはその異様さに驚いた人たちもいたが、事情を知るにつれて色々な職場の有志からの同情の声明文が張り出されるようになったり、労働組合としても放っておけなくなったりと、騒ぎが大きくなってしまった。

当時のTBSのプロデューサーだった村木良彦も、仲間と声明文を印刷して現場で配って読んでもらうなどという支援活動も三回ほどばかり行っていた。同年9月9日に明石は衰弱になり、ハンストにドクター・ストップがかかり病院に運ばれたため、この事件は終わることとなる[2]。それと同時に引退することとなった。

出演作品[編集]

テレビドラマ[編集]

テレビアニメ[編集]

1963年

1965年

1968年

1969年

劇場アニメ[編集]

1966年

  • ジャングル大帝(トミー)

1969年

  • 巨人の星 劇場版(天野先生)

吹き替え[編集]

海外ドラマ[編集]

海外アニメ[編集]

人形劇[編集]

ラジオドラマ[編集]

1964年

  • KRラジオ劇場 団子屋松吉

特撮[編集]

1968年

ゲーム[編集]

1998年

脚注[編集]

  1. ^ 『声優名鑑』、253頁、成美堂出版、1999年、ISBN 978-4415008783
  2. ^ 『テレビの青春』(今野勉NTT出版、424 - 425頁参照)ISBN 978-4757150669
  3. ^ ジャングル大帝”. 手塚治虫公式サイト. 2016年6月8日閲覧。
  4. ^ 『円谷プロ画報 (1)』 p.206 - 207 ISBN 978-4812494912