明石緑郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
あかし ろくろう
明石 緑郎
本名 田中 鶴雄 たなか つるお
生年月日 (1899-09-15) 1899年9月15日
没年月日 1934年
出生地 日本の旗 日本 東京府東京市(現在の東京都
死没地 満州国の旗 満州国
職業 俳優
ジャンル 映画
活動期間 1917年 - 1934年
活動内容 1917年 新派俳優
1925年 帝国キネマ演芸芦屋撮影所入社
主な作品
『江戸城総攻め』
『仇討日本晴 義の巻 伊賀の水月』

明石 緑郎(あかし ろくろう、1899年9月15日 - 1934年[1][2])は、日本の俳優である。本名は田中 鶴雄(たなか つるお)である[1][2]

人物・来歴[編集]

1899年(明治32年)9月15日東京府東京市(現在の東京都)に「田中鶴雄」として生まれる[1][2]

1917年(大正6年)、17歳のときに新派村田正雄門下となり、女形として舞台に上がる[1]。その後、大阪に移り、連鎖劇で知られる新派の山崎長之輔[3]の一座に参加する[1]。やがて伊川八郎の一座「国精劇」の幹部俳優となる[2]。1924年(大正13年)8月23日、山崎長之輔が死去[3]、1925年(大正14年)、師の村田正雄が死去している[4]

同年、帝国キネマ演芸芦屋撮影所に入社[1]、女形から剣戟俳優へに転身する。スクリーンデビューは同年10月1日公開の古海卓二監督の市川百々之助主演作『牛若丸』と、その併映作で明石が主演を張った長尾史録監督の『乱弾下の恋』である[2]。同年、松本英一監督の『竜巻く嵐』に主演し、市川百々之助に比肩しうる人気俳優となる[2]。佐藤樹一路監督の『四谷怪談』(1927年)で民谷伊右衛門、押本七之助監督の『天保水滸伝』(1931年)で平手酒造を演じ、風貌にマッチした虚無的な役柄を得意とし[2]、女形で培った優美な剣戟が人気の源泉であった[1][2]

1934年(昭和9年)、満州巡業中に病気により死去した[1]。満35歳没[2]

フィルモグラフィ[編集]

  • 牛若丸』 : 監督古海卓二、1925年 - 深栖頼重
  • 『乱弾下の恋』 : 監督長尾史録、1925年 - 吉村寅次郎
  • 弁天小僧』前篇・後篇 : 監督古海卓二、1925年 - 南郷力丸
  • 『野狐三次』前篇・後篇 : 監督佐藤樹一路、1925年 - 松平源七郎
  • 『竜巻く嵐』 : 監督松本英一、1925年
  • 『猿飛佐助と清海入道』前篇・中篇・終篇 : 監督江後岳翠、1926年 - 猿飛佐助
  • 『我恋我太刀』 : 監督松本英一、1926年 - 備前国備
  • 相模屋政五郎』 : 監督唐沢弘光、1926年 - 相模屋政五郎
  • 『怪龍丸』 : 監督唐沢弘光、1926年 - 神風龍太郎
  • 『怪僧伝達』 : 監督江後岳翠、1926年
  • 『討てざりし敵討』 : 監督唐沢弘光、1926年 - 西條麗之助
  • お富与三郎』 : 監督唐沢弘光、1926年 - 切られ与三郎
  • 『遊女と侍』 : 監督江後岳翠、1926年 - 加藤市郎右衛門、丸橋忠弥
  • 『武家娘』 : 監督森本登良夫、1926年 - 兄軍之進
  • 『左刃縦横』 : 監督唐沢弘光、1926年 - 小村平九郎
  • 『南郷力丸』前篇・後篇 : 監督唐沢弘光、1926年
  • 『国定忠次江戸入』 : 監督山下秀一、1926年
  • 『復讐の刃』 : 監督山下秀一、1926年 - 漁夫藤太
  • 梅川忠兵衛』 : 監督山下秀一、1926年
  • 『恒川半三郎』 : 監督江後岳翠、1926年
  • 『紅あざみ』 : 監督江後岳翠、1926年
  • 安中草三郎』 : 監督江後岳翠、1926年
  • 『剣魔』 : 監督唐沢弘光、1926年
  • 『籠釣瓶』 : 監督山下秀一、1926年
  • 『伊賀之亮と天一坊』 : 監督山下秀一、1926年
  • 『渋川伴五郎』 : 監督江後岳翠、1926年
  • 『新皿屋敷』 : 監督山下秀一、1926年 - 肴屋宗五郎
  • 『意恨の駒下駄』前後篇 : 監督山下秀一、1926年
  • 『志良野』 : 監督山下秀一、1926年
  • 伊達騒動』 : 監督山下秀一、1926年
  • 『忠僕為助』 : 監督江後岳翠、1927年
  • 『生不動』 : 監督佐藤樹一路、1927年
  • 『夢見重太郎』前後篇 : 監督唐沢弘光、1927年
  • 新門辰五郎』 : 監督山下秀一、1927年
  • 『酒乱の狂刃』 : 監督江後岳翠、1927年
  • 『夜叉公子 前篇』前篇・後篇 : 監督山下秀一、1927年
  • 恋地獄』 : 監督佐藤樹一路、1927年
  • 『小金井小次郎』 : 監督渡辺新太郎、1927年
  • 四谷怪談』前後篇 : 監督佐藤樹一路、1927年 - 民谷伊右衛門
  • 『曽我』 : 監督山下秀、1927年
  • 竜馬暗殺』前後篇 : 監督深川ひさし、1927年
  • 『仇を討つまで』 : 監督佐藤樹一路、1927年
  • 忠臣蔵』前篇・後篇 : 監督山下秀一、1927年 - 1928年 - 堀部安兵衛
  • 『大政小政』 : 監督渡辺新太郎、1928年
  • 『受難』 : 監督石山稔、1928年
  • 『正か邪か』 : 監督佐藤樹一路、1928年
  • 『夜鴉』 : 監督渡辺新太郎、1928年
  • 『武道流血記』 : 監督矢内政治、1928年
  • 高山彦九郎』 : 監督佐藤樹一路、1928年
  • 『断腸の剣』 : 監督佐藤樹一路、1928年
  • 『石井常右衛門』 : 監督佐藤樹一路、1928年
  • 『忠僕直助』 : 監督渡辺新太郎、1928年
  • 『笹野権三郎』 : 監督江後岳翠、1928年
  • 『天保泥絵草紙』前篇・中篇 : 監督山下秀一、1928年 - 片岡直次郎
  • 『粂平内 幡随院復讐篇』 : 監督山下秀一、1929年
  • 『粂平内 白柄組征服篇』 : 監督矢内政次、1929年
  • 『相政は男だ』 : 監督矢内政次、1929年
  • 『梅の由兵衛』 : 監督山下秀一、1929年
  • 『髑髏の怪鬼』 : 監督佐藤樹一路、1929年
  • 『巡礼殺し』 : 監督矢内政次、1929年
  • 『畔倉重四郎』 : 監督山下秀一、1929年
  • 『村上喜剣』 : 監督長尾史録、1929年
  • 武林唯七』 : 監督佐藤樹一路、1929年
  • 『袈裟と盛遠』 : 監督山下秀一、1929年
  • 『松山奇談 八百八狸』 : 監督山下秀一、1929年 - 後藤小源太
  • 丸橋忠弥』 : 監督長尾史録、1929年
  • 『泥濘』 : 監督佐藤樹一路、1929年
  • 『岡田良助』 : 監督山下秀一・長尾史録、1929年
  • 『村井長庵』 : 監督山下秀一、1929年
  • 『仇討地獄』 : 監督佐藤樹一路、1929年
  • 『夜光珠怪異』 : 監督山下秀一、1929年 - 牧野隼人
  • 『日の出巌』 : 監督山下秀一、1930年
  • 『首斬浅右衛門 江戸愛欲篇』 : 監督渡辺新太郎、1930年
  • 『黒潮の彼方へ』 : 監督山下秀一、1930年
  • 『先駆者の夢』 : 監督渡辺新太郎、1930年
  • 『髑髏無遊剣』 : 監督長尾史録、1930年
  • 『江戸城総攻め』 : 監督志波西果、1930年 - 山岡鉄太郎、新門辰五郎
  • 吉良の仁吉』 : 監督押本七之助、1930年
  • 『ごろつき船』前篇・後篇 : 監督渡辺新太郎、1930年 - 土屋主人正(謎の旗本)
  • 『小川幸三の死』 : 監督渡辺新太郎、1930年
  • め組の喧嘩』 : 監督押本七之助、1930年
  • 『貝殻一平』第二篇 : 監督渡辺新太郎、1930年
  • 『権八伊達姿』 : 監督山下秀一、1931年
  • 『血闘天竜川』 : 監督押本七之助、1931年
  • 森の石松』 : 監督押本七之助、1931年
  • 『遠州長脇差』 : 監督押本七之助、1931年
  • 天保水滸伝』 : 監督押本七之助、1931年
  • 『仇討日本晴 孝の巻 曾我兄弟』 : 監督渡辺新太郎、1931年
  • 『仇討日本晴 義の巻 伊賀の水月』 : 監督石田民三、1931年
  • 『仇討日本晴 忠の巻 大石父子』 : 監督中島宝三、1931年
  • 『恋人の娘』 : 監督森本登良男・矢内政治、中京映画、1932年

[編集]

  1. ^ a b c d e f g h 『芸能人物事典 明治大正昭和』、日外アソシエーツ、1998年、「明石緑郎」の項。
  2. ^ a b c d e f g h i 『無声映画俳優名鑑』、無声映画鑑賞会編、マツダ映画社監修、アーバン・コネクションズ、2005年、p.126。
  3. ^ a b 山崎長之輔、『講談社 日本人名大辞典』、講談社コトバンク、2009年11月9日閲覧。
  4. ^ 村田正雄、『美術人名辞典』、思文閣、コトバンク、2009年11月9日閲覧。