明野駐屯地

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明野駐屯地
正門
正門
所在地 三重県伊勢市小俣町明野5593-11
駐屯地司令 陸上自衛隊航空学校長 兼任
主要部隊 陸上自衛隊航空学校
第5対戦車ヘリコプター隊
第10飛行隊
飛行実験隊
開設年 1955年
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明野飛行場
IATA: なし - ICAO: RJOE
概要
国・地域 日本の旗 日本
所在地 三重県伊勢市
種類 軍用
所有者 防衛省
運営者 陸上自衛隊
所在部隊 陸上自衛隊航空学校
第5対戦車ヘリコプター隊
標高 6 m (20 ft)
座標 北緯34度32分02秒 東経136度40分20秒 / 北緯34.53389度 東経136.67222度 / 34.53389; 136.67222
地図
明野駐屯地の位置
明野駐屯地の位置
RJOE
明野駐屯地の位置
滑走路
方向 長さ×幅 (m) 表面
13/31 500×30 アスファルト
04/22 500×30 アスファルト
リスト
空港の一覧
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明野航空記念館
明野駐屯地付近の空中写真。(1983年撮影)
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

明野駐屯地(あけのちゅうとんち、JGSDF Camp Akeno)は、三重県伊勢市小俣町明野5593-11に所在する、明野飛行場を有する陸上自衛隊駐屯地である。

概要[編集]

陸上自衛隊航空学校本校がある他、飛行実験隊、第5対戦車ヘリコプター隊、第10飛行隊が置かれている。航空学校の演習場として度会郡玉城町蚊野に陸上自衛隊航空訓練場が存在する。駐屯地司令は、陸上自衛隊航空学校長が兼務。

沿革[編集]

日本陸軍

  • 1920年(大正9年)4月22日 - 陸軍航空学校射撃班として発足。
  • 1921年(大正10年)4月1日 - 陸軍航空学校明野分校に昇格、度会郡北浜村大字村松に設置。
  • 1924年(大正13年)5月17日 - 明野陸軍飛行学校として独立。
  • 1939年(昭和14年)2月10日 - 陸軍気象部明野観測所が設立。
  • 1944年(昭和19年)6月20日 - 明野教導飛行師団に改編。
  • 1945年(昭和20年)
    • 2月22日及び4月22日に米軍の空襲を受ける。
    • 7月18日、第一教導飛行隊に改編。8月29日、部隊解散。

陸上自衛隊

駐屯部隊・機関[編集]

防衛大臣直轄部隊・機関[編集]

第10師団隷下部隊[編集]

中部方面隊隷下部隊[編集]

最寄の幹線交通[編集]

特徴[編集]

  • かつて駐屯地に隣接して海上保安庁伊勢航空基地(いせこうくうきち、JCG Ise Air Station)があり、陸上自衛隊と滑走路を共用していたが、2008年(平成20年)に中部国際空港へ移転した。
  • 長らく三重県唯一の飛行場であったが、津市伊勢湾ヘリポートが完成したことにより、三重県防災ヘリ、三重県警察ヘリは、2006年(平成18年)2月に明野駐屯地から津市伊勢湾ヘリポートに移転。
  • 地元では「明野の自衛隊」「明野の飛行場」と呼ばれ、毎年秋に開催される航空祭には多くのヘリコプターファンが訪れる。

脚注[編集]

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  1. ^ 国立公文書館 デジタルアーカイブ”. 国立公文書館 デジタルアーカイブ (1955年7月30日). 2019年4月14日閲覧。:自衛隊法施行令の一部を改正する政令(昭和30年政令第142号)

参考文献[編集]

  • 『明野陸軍飛行学校の歴史と飛行第二〇〇戦隊戦史』(昭和54年10月1日発行、発行:『明野陸軍飛行学校の歴史と飛行第二〇〇戦隊戦史』編集委員会)
  • 『先駆(航空学校創立30周年記念史)』(昭和57年10月10日発行、編集:記念史編集委員会、発行:航空学校修親会)