易牙

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易牙(えきが)は、中国春秋時代料理人桓公に仕えた寵臣「三貴」の一人。別名、雍巫

略歴[編集]

  • 自分の子供を食材にした料理で主君の舌を喜ばせたという理由で名料理人としての評価を確立し、桓公の料理長として大夫まで出世した。
  • 紀元前645年、その度を越えた酷薄さと自己の栄達のために手段を選ばない姿勢を警戒され、管仲により職を追われるが、料理がまずくなったという理由で再び登用され、復職する。(管仲は死の間際まで易牙を警戒し、主君の桓公に対してもその再登用を諫め続けていた。)
  • 紀元前643年、桓公の死後、その葬儀も進めずに後継者争いに加わり、多くの犠牲者を出すほどの国政を混乱させた末、に亡命した。

脚注[編集]

美味求真.com 「易牙」

関連項目[編集]

  • 公子開方 - 三貴の一人。
  • 豎刁 - 三貴の一人。
  • 庖丁 - 恵王の料理人。
  • 孟子 - 著書に料理の名人として登場する。