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春風亭昇太

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春風亭昇太 (しゅんぷうてい しょうた)は、落語家の名前。先代は前座の時に名乗っただけであるため、代数をつけて呼ぶことはない。


春風亭しゅんぷうてい 昇太しょうた
.mw-parser-output ruby>rt,.mw-parser-output ruby>rtc{font-feature-settings:"ruby"1}.mw-parser-output ruby.large{font-size:250%}.mw-parser-output ruby.large>rt,.mw-parser-output ruby.large>rtc{font-size:.3em}春風亭(しゅんぷうてい) .mw-parser-output ruby>rt,.mw-parser-output ruby>rtc{font-feature-settings:"ruby"1}.mw-parser-output ruby.large{font-size:250%}.mw-parser-output ruby.large>rt,.mw-parser-output ruby.large>rtc{font-size:.3em}昇太(しょうた)
春風亭昇太定紋「五瓜に唐花
本名 田ノ下たのした 雄二ゆうじ
生年月日 (1959-12-09) 1959年12月9日(60歳)
出身地 日本の旗 日本静岡市清水区
師匠 5代目春風亭柳昇
弟子 春風亭柳太郎[1]
春風亭昇々
春風亭昇吉
春風亭昇也
春風亭昇吾
春風亭昇羊
春風亭昇市
春風亭昇りん
春風亭昇咲
名跡 1. 春風亭昇八(1982年 - 1986年)
2. 春風亭昇太(1986年 - )
出囃子 デイビー・クロケット
活動期間 1982年 -
活動内容 新作落語
配偶者 宝珠小夏(2019年 - )
所属 落語芸術協会
公式サイト 春風亭昇太
受賞歴
1989年 NHK新人演芸コンクール 優秀賞
2000年 国立演芸場花形演芸大賞
備考
落語芸術協会理事(? - 2019年)
落語芸術協会会長(2019年 - )、日本演芸家連合理事

春風亭 昇太(しゅんぷうてい しょうた、本名:田ノ下たのした 雄二ゆうじ1959年〈昭和34年〉12月9日 - )は、日本落語家タレント俳優落語芸術協会に所属[2]しており、現在同協会会長[3][4]。現・『笑点』司会者。出囃子は『デイビー・クロケット (The Ballad of Davy Crockett)』。定紋は『五瓜に唐花』または『クラゲ』。血液型O型[5]。妻は元宝塚歌劇団雪組娘役の宝珠小夏静岡県静岡市清水区(旧・清水市)出身。

一門

師の春風亭柳昇は、自身の身体的特徴もあり(落語の道に入る前、兵役中の負傷で手の指を数本欠いていた)、新作落語専門で大成した人物であったが、弟子たちは新作派(昔昔亭桃太郎)、古典派(9代目春風亭小柳枝瀧川鯉昇)とバラエティに富む。昇太は新作が売物であるが、古典もかなりの量を手掛けている。ただし、誰とも似ていない昇太流の強烈なアレンジが施されている。

また、元々テレビの視聴者参加番組から出てきて弟子入りしたという経緯もあるが、テレビ活動に力を入れるところも師・柳昇譲りである。

昇太は前述のごとく6代目春風亭柳橋の一門で、柳派であってもルーツは春風亭柳枝(4代目とそれ以前の)。同じ春風亭であっても、春風亭小朝はその大師匠林家彦六の一門で、3代目柳家小さんの系統。彦六が小朝の師匠・5代目春風亭柳朝の真打昇進時に6代目柳橋から「柳朝」の名跡を譲り受けた経緯があるものの、昇太と小朝の間には一門の関係はない。

師匠の名跡である柳昇襲名を求める声(生前の桂歌丸など)もあるが保留している[6]

来歴・人物

静岡県清水市(当時)高橋南町[7]出身。秋葉幼稚園[7]清水市立辻小学校[7]清水市立第六中学校[7]東海大学第一高校を卒業。父親は日本軽金属勤務のサラリーマン(研究職)[8]、2歳年上の兄がいる[9]。兄は小学生の時から落語を聴いているようなマジメな子であったが、昇太は当時落語に興味は全くなかった。また、兄嫁は昇太の小学校時代の同級生である[9]

高校時代はソフトボール部に所属していた。1978年(昭和53年)東海大学文学部に入学し、ラテンアメリカ研究会に入ろうとして部室を訪ねたが、たまたま留守で、隣の部室だった落語研究部の先輩に「ここで待ってれば?」と声を掛けられて部室に招き入れられ、稽古等を見ていて「楽しそうなので」入部(同時に学生プロレスリングアナウンサー兼実況として活躍)。落研時代の高座名は「頭下位亭切奴」(とうかいてい きりど)[10]。大学2年生の時にテレビ番組『大学対抗落語選手権』にて優勝して学生落語名人となる[10]。その後、落研の先輩[注釈 1][11]のすすめでテレビ朝日の『ザ・テレビ演芸』に漫才コンビ、ザ・まんだらーず[注釈 2][12]として出演。初代グランドチャンピオンになったのを期に大学を中退し、1982年(昭和57年)、春風亭柳昇に入門した[13]

前座時代より『演芸ひろば』司会など、テレビに多数出演している。なお、前座名の昇八は、柳昇の8番弟子であることから付けられている(林家彦六の9番弟子である林家九蔵とほぼ同様の理由)。師匠が新作落語の名手と謳われた柳昇ということもあり、同じく新作落語を活動の中心に置き、「悲しみにてやんでい」など型破りな新作落語で人気を得た[注釈 3]

1986年(昭和61年)に二つ目に昇進、春風亭昇太となった[13]

1988年(昭和63年)NHK 銀河テレビ小説「新橋烏森口青春篇」(原作・椎名誠)に出演。高橋イサオ役。

1989年平成元年)にNHK新人演芸コンクール優秀賞受賞。

1992年(平成4年)に席亭推薦による抜擢で真打に昇進した[13]。7人抜きの昇進だった。

1998年(平成10年)に平成9年度の浅草芸能大賞新人賞受賞[13]

2000年(平成12年)の独演会「古典とわたし」など独自の解釈を加えた古典落語にも挑戦する(二つ目時代すでに独演会で古典落語に挑戦し、昇太風アレンジを加えた「初天神」を披露している)。同年国立演芸場花形演芸大賞、文化庁芸術祭大賞受賞[13]

2003年(平成15年)、柳家喬太郎らとともに「SWA(創作話芸アソシエーション)」を旗揚げした。SWAでの背番号は「4」。同年、タレントの松尾貴史、マジシャンのパルト小石(ナポレオンズ)、コメディ作家の須田泰成らと、東京都世田谷区のバー「bar-closed」の共同経営をはじめた。

2005年(平成17年)には落語を題材にしたテレビドラマタイガー&ドラゴン』に出演し、自ら出演俳優らに落語の演技指導も行った。同年10月からは『オールナイトニッポン』のパーソナリティーを務める。また伊東四朗三宅裕司を中心に2004年に結成された演劇ユニット熱海五郎一座に参加、その後の作品に出演を続ける。

2006年(平成18年)1月8日には、毎日放送制作のドキュメンタリー番組『情熱大陸』で特集された。落語家によるデキシーバンドにゅうおいらんず」でトロンボーンを担当(師匠・柳昇も、噺家になる前の会社勤めをしていた頃に、勤務先の吹奏楽団でトロンボーンを吹いていた)。SWA(創作話芸アソシエーション)の一員であると同時に、東西落語界の壁を超えた六人の会の一人である。

2006年5月21日より、日本テレビ『笑点』の大喜利メンバーに加入。

2007年2月13日~25日まで、下北沢演芸祭をプロデュース。[14]

2008年、大名古屋らくご祭 (主催:東海テレビ放送)がスタート、毎年中心メンバーとして出演する[注釈 4]

2012年3月[15]静岡市観光親善大使の委嘱を受ける[16]

2013年4月、プロデューサーをつとめる清水にぎわい落語まつりが静岡市清水文化会館マリナートでスタート[17]。年1回開催。

2013年11月24日、滋賀県長浜市お城大使に就任。[18]

2016年5月、平成28年度静岡県文化奨励賞を受賞[19]。8月25日に川勝平太静岡県知事を表敬訪問[20][21]

2016年5月22日、『笑点』5代目司会者・桂歌丸の勇退により6代目司会者に就任することが発表され、翌週5月29日から就任した[22]

2016年9月、富山県砺波市増山城の名誉城主に任命[23]。2018年からは城の音声ガイドのナレーションも務めている[24]

同年、第29回日本メガネベストドレッサー賞・文化界部門を受賞[25]

2018年4月、研ナオコ百田夏菜子らとともに、静岡県からふじのくに観光大使を委嘱される[26]

2019年6月27日、落語芸術協会会長に就任[3][4]

2019年6月30日放送の笑点の番組エンディングで、自身の結婚を報告した[27]。当初相手は40代の一般人女性としていたが、その後『高田文夫のラジオビバリー昼ズ』で昇太本人が認めたことや『女性自身』の取材から、青山ケンネル専務取締役の下薗利依(元宝塚歌劇団83期生・雪組娘役の宝珠小夏)である事が明らかとなった[28][29]

2019年10月19日、東京・帝国ホテルで結婚披露宴を行う。落語家や芸能人を中心に400名あまりが出席した[30]。新婦側のスピーチに立った笑福亭鶴瓶の話の中で、鶴瓶が2人の出会いを取り持ったキューピッド役であることが明かされた[31][32]

芸歴

  • 1982年、春風亭柳昇に弟子入りし、春風亭昇八と名乗る(前座名は柳昇の8番弟子であることに由来)。
  • 1986年9月、二つ目に昇進、春風亭昇太に改める。
  • 1992年5月、席亭推薦により抜擢にて真打昇進。
  • 2000年、独演会「古典とわたし」の成果が認められ、文化庁芸術祭(演芸部門)大賞受賞[13]

エピソード

  • 独身時代は出演番組でもそのことをネタにされることが多かった。本人はしばしば「結婚はしない」と発言しており、弟子の春風亭昇也が2014年5月6日に挙式をした際に、昇太は「仲人」「師匠」ではなく「友人代表」として出席した[33]
  • 自宅には、ダイヤル式テレビや蓄音機などレトログッズだらけの部屋がある。
  • いわゆる旧車好き。31歳でローバー・ミニを、35歳でトヨタ・パブリカ800を、37歳でダットサン・ブルーバード312を購入[34]
  • 趣味は中世城郭めぐり。城関連の書籍を出したり、TV番組出演や講演活動も行っている。
  • サッカーでは、清水出身ということで、Jリーグ清水エスパルスのサポーターである。チーム会報「エスパルスニュース」で連載を持っていたこともある。また、一サポーターとしてスタジアムにも足を運ぶ[35]
  • 2007年に初めて直弟子を持った。オフィシャル本の中では、男同士でサシで向き合うのがこんなにも気恥ずかしいことなのかと感じ、柳昇への弟子入り当時のことを思い出しながら、どう稽古を付けたらよいか模索していると言う。
  • 東海大学映画研究会出身の映画監督の松本貴子は、東海大学落語研究会出身の昇太とは旧知の仲(昇太が先輩)。松本が制作したドキュメンタリー映画「氷の花火 山口小夜子」(2015年)には、主要出資者としてエンドロールに昇太の名前が出ている[36][37][38]
  • 2016年12月31日、第67回NHK紅白歌合戦にゲスト審査員として登場したが、事前収録された裏番組「絶対に笑ってはいけない科学博士24時」の「DVD 笑点大喜利」コーナーにも出演した[39]

『笑点』の大喜利メンバーとして

  • 2006年5月に、4代目司会者の5代目三遊亭圓楽が勇退、桂歌丸が回答者から5代目司会者に昇格した事に伴い、歌丸の後継で大喜利レギュラーメンバーとなった(この時、林家こん平の代理として出演していた林家たい平も、同時に正式なメンバーに昇格)。以後、10年間に渡ってレギュラー回答者を務めた。

正式加入前

  • 1980年代の『若手大喜利』にて大喜利メンバーの1人として出演していた事があり、1990年代後半に入ってからは『大喜利下剋上』→『若手大喜利』の司会を担当するようになった(『BS笑点』→『笑点Jr.』での総合司会につながる)。
  • 5代目三遊亭圓楽とは1999年1月1日放送の師弟大喜利で昇太が司会者で5代目三遊亭圓楽と三遊亭洋楽が師弟で回答者、林家こん平とは同師弟大喜利で林家こん平と林家たい平が師弟で回答者として出演して共演している。

回答者時代

  • 大喜利メンバー加入のオファーがあった際には、『笑点』でのキャラクターが落語の仕事の邪魔になるのではないかと考えていたが、落語家の親に孝行したいという思いでオファーを引き受けた[2]。メンバーが前座時代から一緒にいる人達で、後輩の林家たい平が先に大喜利メンバー入りしていた事が自身にとっては楽だったと語っている[40]。自身の「嫁いないキャラ」が定着したきっかけは6代目三遊亭円楽が「昇太には嫁がいない」などというようなことを最初にいったのがウケたことであり、周りの人がそれに乗っかっていつの間にかそうしたキャラが出来上がった。[40]
  • 喋る途中で呂律が回らない、舌を噛むという欠点があり、「カミカミ王子[2]を自虐ネタとしている。
  • 歌丸司会時代の10年間では座布団10枚を4回経験している一方で、6代目円楽(楽太郎)が率いるブラック団の一員として団長の6代目円楽以上に毒のきつい、歌丸罵倒ネタを時折言い放つ事も何度かあった。
  • 派生番組の『笑点Jr.』では、『BS笑点』として放送開始から放送終了に至るまで総合司会を務めていた。

司会者時代

  • 2016年5月22日、桂歌丸の司会勇退に伴い6代目司会に抜擢された[22]。その起用理由は、プロデューサーから「消去法」と冗談めかして語られた[41]
  • 代理司会や司会就任当初は後輩にあたるたい平、2代目三平を指名するときは、君付けで、逆に先輩の小遊三好楽木久扇、6代目円楽は師匠付けで呼んでいたが、2016年6月19日(第2518回)放送分以降は全員に「さん」付けで統一された[42]
  • 司会就任当初はメンバーが番組中に無駄話をして昇太の話を全然聞かず、小遊三から「学級崩壊」と呼ばれていた[43]
  • 以前は独身をいじる回答で罵倒される事が多かったが、2019年6月末に結婚してからは離婚ネタや新婚生活を冷やかす回答で罵倒される事が多くなっている。

笑点でのキャラクター

『笑点』の大喜利メンバーとして

正式加入前

  • 1980年代の『若手大喜利』にて大喜利メンバーの1人として出演していた事があり、1990年代後半に入ってからは『大喜利下剋上』→『若手大喜利』の司会を担当するようになった(『BS笑点』→『笑点Jr.』での総合司会につながる)。
  • 5代目三遊亭圓楽とは1999年1月1日放送の師弟大喜利で昇太が司会者で5代目三遊亭圓楽と三遊亭洋楽が師弟で回答者、林家こん平とは同師弟大喜利で林家こん平と林家たい平が師弟で回答者として出演して共演している。

回答者時代

  • 2006年5月に、4代目司会者の5代目三遊亭圓楽が勇退、桂歌丸が回答者から5代目司会者に昇格した事に伴い、歌丸の後継で大喜利レギュラーメンバーとなった(この時、林家こん平の代理として出演していた林家たい平も、同時に正式なメンバーに昇格)。以後、10年間に渡ってレギュラー回答者を務めた。
  • 大喜利メンバー加入のオファーがあった際には、『笑点』でのキャラクターが落語の仕事の邪魔になるのではないかと考えていたが、落語家の親に孝行したいという思いでオファーを引き受けた[2]。メンバーが前座時代から一緒にいる人達で、後輩の林家たい平が先に大喜利メンバー入りしていた事が自身にとっては楽だったと語っている[40]。自身の「嫁いないキャラ」が定着したきっかけは6代目三遊亭円楽が「昇太には嫁がいない」などというようなことを最初にいったのがウケたことであり、周りの人がそれに乗っかっていつの間にかそうしたキャラが出来上がった。[40]
  • 喋る途中で呂律が回らない、舌を噛むという欠点があり、「カミカミ王子[2]を自虐ネタとしている。
  • 歌丸司会時代の10年間では座布団10枚を4回経験している一方で、6代目円楽(楽太郎)が率いるブラック団の一員として団長の6代目円楽以上に毒のきつい、歌丸罵倒ネタを時折言い放つ事も何度かあった。
  • 派生番組の『笑点Jr.』では、『BS笑点』として放送開始から放送終了に至るまで総合司会を務めていた。
  • 大喜利では、銀鼠の色の高座着を着用している(視聴する画面によっては色彩の制限などの問題で、銀鼠ではなく、白に見える事がある)。
  • 加入して日が浅い頃には、奇をてらうことのない答えが多く、答えた後に会場が一瞬沈黙状態になることもしばしばであった。
  • 挨拶で自分に関する間抜け話を言っては「それじゃダメじゃん」と一人突っ込みで終わらせる。2006年末より、他のメンバー(特に三遊亭好楽)もこのパターンを踏襲した挨拶をしばしば用いている。
  • 喋る途中で舌が回らない・舌を噛む事を自虐ネタに用いたり、他のメンバーがからかったりするのだが、これは元々落語家・昇太にしても同じであり、師匠柳昇もまた同様である。普通、落語家にとって噺の途中で噛むというのは聴き取り辛く、不快に思う聴き手も居ることからあまり好ましく無いのだが、この師弟にとっては語り口調としての一つの味わいともいえる。
  • 歌丸に次ぐ高齢である木久扇(旧名、林家木久蔵)の罵倒ネタも多く、最近では、「病院に戻りましょうね」や、「ハイカイ王子」等、徘徊老人扱いするネタをすることがある。
  • 2007年1月1日放送の大笑点で昇太は東西大喜利で初の座布団10枚を達成した。通常の笑点メンバーのみの大喜利ではないので通例の賞品は出されなかったが、最も座布団を獲得したので金の座布団を獲得した。
  • たい平のみが「昇太兄(あに)さん」と呼んでいるが、これは年齢が近い年上だからではなく、落語界での決まりごとで、自分が落語界入りした際に、既に存在する前座ないし二ツ目の落語家を基本的に先輩として「兄さん」と呼ぶことになっている(※同じ一門で既に真打の兄弟子が居る場合は、基本的には「師匠」だが、歳が近かったり、上下関係を気にしない兄弟子なら「兄さん」と呼ぶ事を許す場合もある)。「兄さん」と呼ぶ事に関しては入門先は勿論の事、所属団体も一切関係無い。つまり、たい平がこん平一門に入門した時(1988年)、昇太は二ツ目であり、「兄さん」と呼べる位置に居たという事がわかる。尚、「兄さん」という呼び方をしていた先輩の落語家が先に真打(“師匠”と呼ばれるようになる地位)に昇進しても「兄さん」という呼び方に変わりは無い(因みに上方(関西)は昇進制度が基本的に無いので関東と基準などが違う)。
  • 歴代大喜利メンバー加入年齢では、歴代最高齢である。昇太加入以前の最高齢は4代目三遊亭金馬の41歳であったが、昇太は加入当時46歳であった。
  • 歌丸からは、「役員」と呼ばれることがある(小遊三の「副会長」と同じ理由で)。
    • 6代目圓楽以外からは、結婚相手を紹介されたことがある。また、独身にもかかわらず女性を泣かせている(「母に早く結婚するよう泣き付かれた」など)。また、矢口真里の父など、自分と同年齢あるいは少し下の年代の男性を挙げ、比較的年齢のいった子供を持った親になってもいいのに自分は未だ独身というをネタにすることがある。
    • 地方収録での挨拶は「お待たせしました。ついに、春風亭昇太が“(その地方)”にお嫁さんを見つけにやって参りました!!」とお決まりのフレーズを言う。

山田隆夫からは、背が低いことを理由に「ちびっ子団」結成を持ちかけられており、メンバーからも「チビ」「師匠の柳昇(りゅうしょう)を継ぐ際は粒が小さいと書いて粒小にしては?」などとからかわれているが、日本タレント名鑑によると、昇太の身長は163cmで、「チビ」と昇太に言った山田は155cmであり、木久扇は162cmとされている。尚、身長のデータが無い歌丸に関しては腰が若干曲がっている事も考慮すると映像などでの正確な判定は不可能かと思われる。

  • 2016年5月22日、桂歌丸の司会勇退に伴い6代目司会に抜擢された[22]。その起用理由は、プロデューサーから「消去法」と冗談めかして語られた[41]

司会者時代

  • 代理司会や司会就任当初は後輩にあたるたい平、2代目三平を指名するときは、君付けで、逆に先輩の小遊三好楽木久扇、6代目円楽は師匠付けで呼んでいたが、2016年6月19日(第2518回)放送分以降は全員に「さん」付けで統一された[42]
  • 司会就任当初はメンバーが番組中に無駄話をして昇太の話を全然聞かず、小遊三から「学級崩壊」と呼ばれていた[43]
  • 以前は独身をいじる回答で罵倒される事が多かったが、2019年6月末に結婚してからは離婚ネタや新婚生活を冷やかす回答で罵倒される事が多くなっている。

ブラック団・独身・チビネタ

  • 2019年に結婚するまでは「独身・未婚」ネタは自ら使用するほかに、「チビ」ネタと併せて歌丸罵倒(死去・禿)や円楽 罵倒(腹黒)同様に他のメンバーが春風亭昇太を罵倒する定番の題材になっている。
  • 2007年8月12日放送のアナウンサー大喜利では、古閑陽子アナが「昇太さんへ。泣いて頼むなら 付き合ってあげてもいいわよ」と言えば5枚も座布団をあげ、2問目で楽太郎(現6代目円楽)のことを「腹黒王子」と罵倒にして座布団全部没収を昇太に命じたが1枚だけ残した。
  • 2007年に入ってから、林家たい平との罵倒合戦が目立つようになった。たい平は以前、主に山田を罵倒していたが、最近は春風亭昇太を「チビ」「ひとり者」と罵倒するようになった。対抗して春風亭昇太は「たい平一家はサル似」「恐妻家」等で罵倒する。また、たい平の罵倒が甚だしい場合には突き飛ばしにかかり、ブラック団団長の三遊亭楽太郎が止めに入る。
  • 独身ネタを展開しては司会桂歌丸から「早く嫁もらえよ」とせっつかれ、良くない答えには「なるほど嫁が来ねえわけだ」と皮肉を言われるのが定番の応対である。歌丸からは近所に住む60代の独身女性、木久扇からは自らの長女(2代目木久蔵の姉。ただし、木久扇の長女は既婚である)を勧められている。その一方で、自分はモテていると主張するネタや、もう結婚できないと自虐したり、一生を落語に捧げるというネタを披露することもある。歌丸が妻に扮する問題では夫婦円満のシチュエーションを演出したうえで「俺は独身だけどお前誰だよ!」とさげる事が多い(ちなみに歌丸は、「あたし、ボランティアよ」等と反すことがある)。
  • ドラマ・タイガー&ドラゴンでは林屋亭どん吉役を演じていたが、林屋亭どん吉も春風亭昇太と同様独身である。
  • 矢口真里と舞台で共演した際、矢口の父親と自身が同じ年齢であることを知り、それにショックを受けたらしい(2007年10月7日笑点にて)。
  • ダジャレでうけない答えを返すことも多く、隣の席の木久扇に引っかけて自ら「黄色いの(の馬鹿)がうつりそう」などとネタにしている。歌丸からは「もううつってる」などとも言われている。
    • 三遊亭楽太郎によって、林家たい平共々、「フレッシュヤングチーム」、後の「ブラック団」のメンバーとされ、歌丸死去ネタ(合掌、出棺の見送り、散骨)などの回答への同調を強要されたり、座布団没収の巻き添えを食らったりする。当初は罵倒ネタに同調する事を一番嫌がっていたが、やがて積極的に賛同する様になった。
    • 二代目桂歌丸を狙っているのか2006年11月の放送では、挨拶で「二代目桂歌丸、春風亭昇太です。」と発言したことがある。2007年4月22日放送の笑点Jr.では、挨拶で「不動の司会者、緑の桂歌丸です。」と発言していた。
    • 最近では楽太郎に次いで歌丸罵倒ネタを披露する様になっている。尚今までは番組内での「歌丸死去ネタ・禿ネタ=楽太郎」の図式が当たり前だったが、最近は楽太郎同様あるいはそれ以上に歌丸罵倒ネタを積極的に発言する。
      • 2006年12月24日放送の第3問で、座布団9枚で、あと一枚で10枚達成という状況だった昇太が、歌丸扮するサンタ女房の「仕事行ったら!!」に対して、「お前はあの世に行きなさいよ」(歌丸死去ネタ)を披露した際、楽太郎が自分の座布団2枚とたい平の座布団1枚を昇太に与え、獲得数は一旦12枚になったが、司会・歌丸の逆鱗に触れ全部没収、初の10枚達成はお預けとなった。

BS笑点→笑点Jr.でのキャラクター

BS笑点としてスタートしてから現在に至るまで総合司会を務め、ハキハキと取り仕切る様が映る。

大喜利でも司会を務めるが、地上波と同じようにチビ・独身ネタでメンバーから遠慮無く突っ込まれては座布団を取り上げることが多い。また度がすぎると、とび蹴りを食らわすことがある。しかし、司会としての威厳を敢然と振りかざすには至っていない。若いパワーを持て余し暴走気味のメンバーに振り回される様子もしばしば映る。 また、「大人の事情」を理由に不条理な座布団の采配を行うことがあり、メンバーの師匠との人間関係等を連想させて笑いを取る。

  • 本家司会者の歌丸の手法を踏襲して、大喜利メンバーの挨拶が終わった後、皮肉を交えてメンバーを紹介する。しかし歌丸とは異なり、座布団運びのセイラに対しては私生活ネタを織り交ぜて紹介し、自身には自虐ネタを交ぜて紹介する。
  • 自身の罵倒ネタ(チビネタ・独身ネタ)等に対して容赦なく座布団を没収する。場合によっては自らの手で座布団を没収したり、自身の座布団を投げつけることもある。
  • 弟弟子の柳好には生々しい文句などを言われ、座布団運びのセイラには「親より年上なんだから結婚しろよ」などと言われることもある。
  • 「大人の事情」を理由に不条理な座布団の采配を行うことがあり、メンバーの師匠との人間関係等を連想させて笑いを取る。
  • 当初は木久蔵に対しては、駄洒落をいっても「お父さんにお世話なっているから」といって座布団を与えることが多かった(逆に王楽に対しては、「君のお父さんにはお世話になってないから」と座布団を与えない)。
  • 2009年(平成21年)6月14日放送分より本家出演時と同じ銀鼠の高座着を着用している(それまでは本家の歌丸同様黄緑(夏場のみ緑)だった)。
  • 放送開始当初から歌丸のように、皮肉を交えて紹介する。しかし歌丸とは異なり、座布団運びのセイラに対しては私生活ネタを織り交ぜて紹介し、自身には自虐ネタを交ぜて紹介する。

主な新作落語

  • 『悲しみにてやんでい』
  • 『ワシントン伝』
  • 力士の春
    • 立川藤志楼・演によるリニューアル作品『力士の春'08』もあり
  • ストレスの海
  • 宴会の花道
  • リストラの宴
  • 『愛犬チャッピー』
  • 『お父さんの決断』
  • 『夫婦に乾杯』
  • 『吉田さんのソファー』
  • 『マサコ』
  • 『遠い記憶』
  • 『人生が二度あれば』
  • 『花粉寿司』
  • 『伊与吉幽霊』[注釈 5]

出演

現在

ラジオ

テレビ

過去

ラジオ

TV

  1. 1993年5月12日:お父さんの決断
  2. 1993年6月9日:へっつい盗人
  3. 1993年7月14日:看板のピン
  4. 1993年8月11日:Jリーグの悲しみ
  5. 1993年8月18日:権助魚
  6. 1993年9月22日:ちりとてちん
  7. 1993年9月29日:悲しみにてやんでぃ
  8. 1993年12月29日:愛犬チャッピー
  9. 1995年1月2日:宴会の花道

NHK紅白歌合戦出演歴

年度/放送回 備考
2016年平成28年)/第67回 [50] ゲスト審査員として出演

ドラマ

映画

舞台

CM

作品・出版物

書籍

  • ぼくがモスラを好きなわけ(1992年、立風書房
  • 楽に生きるのも、楽じゃない(1997年 東京書籍、2001年 新潮OH!文庫、2017年 文春文庫[60]
  • はじめての落語。春風亭昇太ひとり会(2005年、糸井重里監修 ほぼ日CDブックス 東京糸井重里事務所)*CD付
  • 城あるきのススメ(2011年、小学館

共著・監修・他

  • 楽しんだ者勝ち(2002年、インフォバーン) - 林家たい平と共著
  • 落語って、こんなハナシ 知らないなんてもったいない!(2005年、ブックマン社) - 監修
  • 楽語・すばる寄席(2006年、集英社) - 夢枕獏林家彦いち三遊亭白鳥神田山陽柳家喬太郎共著
  • 楽語 席亭夢枕獏・爆笑SWAの会(文春文庫)
  • 古典と新作 らくご絵本 りきしの春(2016年、あかね書房) - 編集 ばばけんいち、イラスト 本秀康
  • ザ・前座修業 - 5人の落語家が語る(2010年1月、NHK出版 生活人新書)- 稲田和浩・守田梢路著 *インタビューで登場
  • 落語を聴くなら 春風亭昇太を聞こう(2010年3月、白夜書房 落語ファン倶楽部新書)松田健次著 *昇太へのインタビューも含めた春風亭昇太の紹介本
  • 橘蓮二写真集 噺家 春風亭昇太(2010年2月、河出書房新社
  • 落語長屋 噺の処方箋(2010年7月、アールズ出版)稲田和浩著 - 表紙に推薦人として登場
  • 今日も落語に行ってきます!(2016年3月、秀和システム) 先斗ポン太著 - 落語監修
  • 旬缶クッキング(レシピカードブック) (2017年4月、ビーナイス) - 黒川勇人(缶詰博士)・栗栖誠記(写真)との共著
  • 落語家と楽しむ男着物(2018年1月、河出書房新社) - 矢内裕子著、表紙・インタビューで登場
  • 歴史家と噺家の城歩き 戦国大名武田氏を訪ねて(2018年12月、高志書院) - 中井均齋藤慎一との共著
  • 猫女房(2018年9月、秀和システム)- 小宮孝泰著 *対談・帯コメントで登場
  • 昇太とラサール 楽屋つまみ話 (2019年12月、アントレックス)*ラサール石井との共著

CD

春風亭昇太2(2009年4月22日、ソニー・ミュージックダイレクト
春風亭昇太3(2009年5月27日、ソニー・ミュージックダイレクト)
春風亭昇太4(2010年11月24日、ソニー・ミュージックダイレクト)
  • 落語 The Very Best 極一席1000:春風亭昇太 ストレスの海/力士の春(2009年12月9日、ソニー・ミュージックダイレクト)
  • ざぶとんとおたまじゃくし(2012年4月25日、ソニー・ミュージックダイレクト)

DVD

落語

  • 春風亭昇太 十八番シリーズ-動-(2010年3月29日、ソニー・ミュージックダイレクト)
  • SWAのDVD -古典アフター-(2011年3月9日、ソニー・ミュージックダイレクト)

OV出演

配信

  • 「超城合体タメノブーンV」(歌:水木一郎)2016年6月15日 - 作詞を担当[61][62]

一門弟子

真打

二つ目

前座

  • 春風亭昇咲

色物

脚注

[脚注の使い方]

注釈

  1. ^ 先輩の一人が「笑点」「エンタの神様」などの放送作家の佐藤かんじ。
  2. ^ 漫才の相方は、現在テレビディレクターの山崎徹。
  3. ^ 昇太自身、師匠の柳昇から教わった古典のネタは「雑俳」だけだと語っている。
  4. ^ 春風亭昇太プロデュースという告知は公式にはされていないが、毎年2公演以上に出演。また、協賛にキクチメガネ(昇太を広告に起用)、制作協力にティルト(昇太の事務所)の記載がある。
  5. ^ 雨治隆介(フリーライター)作。第2回「全国落語台本コンクール」最優秀賞。コンクールを主催した「六人の会」のメンバーのみが演じることができる。
  6. ^ 前週の5月14日放送の40周年スペシャルのエンディングにおいて、新メンバー紹介で少しだけ出演した。

出典

  1. ^ 元は弟弟子だったが師匠の春風亭柳昇の死に伴い移籍した。
  2. ^ a b c d e ぴあMOOK『笑点五〇年史 1966-2016』65ページ
  3. ^ a b “歌丸さんからバトン!落語芸術協会の新会長に春風亭昇太「お断りするわけには」”. SANSPO.COM (産経デジタル). (2019年3月20日). https://www.sanspo.com/geino/news/20190320/geo19032005030018-n1.html 2019年3月20日閲覧。 
  4. ^ a b 落語芸術協会 新会長に春風亭昇太 副会長は春風亭柳橋 令和で若返り,スポーツニッポン,2019年6月27日
  5. ^ タレント ザテレビジョン
  6. ^ 歌丸の「早く継げ!」の声に、昇太しどろもどろ”. 産経ニュース (2013年3月13日). 2018年11月19日閲覧。
  7. ^ a b c d 春風亭昇太 (2010年12月20日). 鍋倉伸子、五味響子. ed. 季刊 清水43号「はじめは清水一中に入りたかった」. 戸田書店. pp. 66-68. ISBN 9784924638075 
  8. ^ a b 2月からの明治座公演では落語を披露!!川中美幸さん登場!”. 高田文夫のラジオビバリー昼ズ. ニッポン放送 (2020年1月29日). 2020年1月31日閲覧。 “昇太「うちのお父さんが自分史を書いてたんです」 乾「あの日本軽金属で働いていた」 昇太「白衣着てたお父さんですよ」”
  9. ^ a b 姫野忠 (1997年4月1日). “家族 師匠、両親から自立教わる 春風亭昇太さん”. 東京新聞 夕刊: p. 9 
  10. ^ a b 日刊スポーツ』1979年4月26日付、14面。
  11. ^ 河北泰三 (2012年10月22日). “先輩・後輩”. 七福萬来. 七福タオル株式会社. 2020年1月20日閲覧。 “私が1年生の時、昇太さんは4年生で、昇太さんが1年生の時、佐藤かんじさんは5年生。”
  12. ^ 河北泰三 (2010年3月8日). “まんだら~ず”. 七福萬来. 七福タオル株式会社. 2020年1月20日閲覧。 “二人は、大学の同期で(私の先輩)、大学4年の時に"まんだら~ず"という漫才コンビを組んでいました。”
  13. ^ a b c d e f 落語芸術協会「協会員紹介・春風亭昇太」
  14. ^ 第17回下北沢演劇祭参加作品 春風亭昇太プロデュース下北沢演芸祭”. corich舞台芸術!. 2018年12月15日閲覧。
  15. ^ 古今落語家グラフティー 写真特集 春風亭昇太”. 時事通信社 (2012年3月12日). 2018年11月7日閲覧。
  16. ^ 静岡市観光親善大使”. 静岡市. 2018年11月7日閲覧。
  17. ^ 清水にぎわい落語まつりのお知らせ”. 清水落語王国Web管理人のeしずおかブログ. eしずおか (2013年4月18日). 2018年12月15日閲覧。
  18. ^ 長浜ブランドアンバサダー(長浜市PR大使)制度”. 長浜市 (2018年10月23日). 2018年11月25日閲覧。
  19. ^ 春風亭昇太氏ら2個人1団体に静岡県文化奨励賞”. 産経新聞 (2016年5月2日). 2018年11月5日閲覧。
  20. ^ 表敬訪問 春風亭昇太さんが県文化奨励賞 知事「県の誇り」 /静岡”. 毎日新聞 (2016年8月25日). 2018年11月8日閲覧。
  21. ^ http://www.pref.shizuoka.jp/bunka/bk-110/bunkashoureisho/28shoreisho.html 平成28年度静岡県文化奨励賞]
  22. ^ a b c 「笑点」6代目司会は春風亭昇太「え~と思いました」 スポーツニッポン 2016年5月22日付
  23. ^ 春風亭昇太さんが名誉城主に!”. 砺波市 (2016年10月11日). 2018年12月20日閲覧。
  24. ^ 【ニュース】増山城跡音声ガイド「ますナビ」運用中!”. 砺波市 (2018年5月2日). 2018年12月20日閲覧。
  25. ^ “『メガネ ベストドレッサー』広末涼子&西内まりやらが受賞”. ORICON STYLE. (2016年10月3日). http://www.oricon.co.jp/news/2079348/full/ 2016年10月4日閲覧。 
  26. ^ 「ふじのくに観光大使・公使」のお力を借りて、静岡県の魅力を広く発信します!”. 静岡県 (2018年4月30日). 2018年11月7日閲覧。
  27. ^ 春風亭昇太、結婚を生発表 60歳を前に一般女性とゴールイン「ついに結婚することになりました」” (日本語). スポーツ報知 (2019年6月30日). 2019年6月30日閲覧。
  28. ^ 春風亭昇太の結婚相手は元タカラジェンヌ,スポーツ報知,2019年7月2日
  29. ^ 春風亭昇太妻は50億円ご令嬢 元タカラジェンヌの華麗な素顔,女性自身,2019年7月9日
  30. ^ 高柳義人 (2019年10月22日). “春風亭昇太の披露宴で、鶴瓶が、ヨネスケが開始早々退席した理由”. コラムでHo!. 報知新聞社. 2019年10月27日閲覧。
  31. ^ 春風亭昇太、キューピッド役は鶴瓶だった!…元タカラジェンヌとの結婚披露宴会場どよめく”. スポーツ報知. スポーツ報知 (2019年10月20日). 2019年10月15日閲覧。
  32. ^ 春風亭昇太の結婚の裏にあった、笑福亭鶴瓶の“思い付き””. ニッポン放送 (2019年11月24日). 2019年11月25日閲覧。
  33. ^ 昇也DAYS〈春風亭昇也の勝手ブログ〉 僕たちの結婚式。 2014年12月18日閲覧、ザブトン海峡・航海記 ブーケ! 2014年12月18日閲覧。
  34. ^ #21 春風亭昇太”. おぎやはぎの愛車遍歴 NO CAR, NO LIFE!. BS日テレ. 2016年5月23日閲覧。
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  36. ^ 「氷の花火 山口小夜子」公式サイト”. 2019年7月22日閲覧。 “「ご協力くださった皆さま」のところに「春風亭昇太」。”
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  41. ^ a b “春風亭昇太、消去法で司会起用も奮起「のびのびとやっていく」”. ORICON STYLE (オリコン). (2016年5月22日). http://www.oricon.co.jp/news/2072075/full/ 2016年5月25日閲覧。 
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  51. ^ 恵俊彰、立川談春、キンコメ今野、春風亭昇太がドラマ「下町ロケット」出演”. お笑いナタリー (2015年9月17日). 2015年9月12日閲覧。
  52. ^ 「赤めだか」二宮和也らが故・立川談志師匠に撮了報告”. ニュースウォーカー (2015年11月21日). 2015年12月7日閲覧。
  53. ^ BS時代劇 小吉の女房”. NHK. 2019年1月31日閲覧。
  54. ^ イーチャンの白い杖”. テレビ静岡. 2018年11月3日閲覧。
  55. ^ 過去の作品 夫婦犯罪”. トム・プロジェクト. 2019年9月29日閲覧。
  56. ^ vol.36『ワルツ』”. ペテカン. 2019年9月30日閲覧。
  57. ^ 水野陽子 (2014年3月16日). “GSバンド『ザ・フルーツ』を結成!? 笑いと涙あり(?)の音楽劇に挑戦! 春風亭昇太 × 六角精児 × 中島淳彦”. 東京HEADLINE. HEADLINE Inc.. 2019年9月30日閲覧。
  58. ^ プリエールプロデュース 愛しのドラム~ザ・フルーツ2~”. 株式会社プリエール. 2019年9月30日閲覧。
  59. ^ “新中華街シリーズ”. マルハニチロ. (2017年1月31日). http://www.maruha-nichiro.co.jp/chuuka/ 2017年2月2日閲覧。 
  60. ^ 立川談春との対談あり。
  61. ^ テーマソング 弘前 城ロボプロジェクト「超城合体タメノブーンV」 2016年6月17日 閲覧
  62. ^ 弘前市の「超城合体タメノブーンV」、テーマ曲は歌・水木一郎アニキ、作曲・渡辺宙明御大というガチさ Jタウンネット 東京都 2016年4月28日 2016年6月17日 閲覧
  63. ^ [1]

関連項目