春風 (初代神風型駆逐艦)

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艦歴
計画 1904年度[1]
起工 1905年2月16日[1]
進水 1905年12月25日[1]
就役 1906年5月14日[1]
その後 1912年8月28日三等駆逐艦[1]
1924年12月1日掃海艇編入[1]
1928年7月6日廃駆逐艦第14号と仮称[2]
除籍 1928年4月1日[1]
廃船 1929年1月31日[1]
性能諸元
排水量 常備:381t
満載:450t
全長 69.2メートル
全幅 6.6メートル
吃水 1.8メートル
機関 レシプロエンジン2基2軸、6,000hp
最大速力 29ノット
航続距離 11ノット/850カイリ
乗員 70人
兵装 80mm(40口径)単装砲 2門
80mm(28口径)単装砲 4門
450mm魚雷発射管 2門

春風(はるかぜ)は、大日本帝国海軍駆逐艦で、神風型駆逐艦 (初代)の9番艦である。同名艦に神風型駆逐艦 (2代)の「春風」があるため、こちらは「春風 (初代)」や「春風I」などと表記される。

艦歴[編集]

1905年明治38年)2月15日、命名(製造番号第9号)[3]。翌日2月16日、神戸川崎造船所で起工[4]。同年12月20日、駆逐艦に類別[5]。同年12月25日進水[4]1906年(明治39年)4月15日、竣工[4]

第一次世界大戦では、シンガポール方面の警備に従事した[1]

1924年大正13年)12月1日、掃海艇に編入[6]1928年昭和3年)4月1日、除籍[7]。同年7月6日、廃駆逐艦第14号と仮称[8]1929年(昭和4年)1月31日、廃船。

艦長[編集]

※『日本海軍史』第9巻・第10巻の「将官履歴」及び『官報』に基づく。

駆逐艦長
  • 金子忠吉 大尉:1906年4月27日 - 12月20日
  • (兼)小泉親治 大尉:1906年12月20日 - 1907年1月18日
  • 上瀧羽金 大尉:1907年1月18日 - 12月18日
  • 佐久間勉 大尉:1907年12月18日 - 1908年4月20日
  • (兼)吉永武之 大尉:1908年4月20日 - 9月25日
  • 石川庄一郎 大尉:1908年9月25日 - 12月23日
  • (兼)吉永武之 大尉:1908年12月23日 - 1909年2月1日
  • 石川庄一郎 大尉:1909年2月1日 - 1910年4月28日
  • 田辺栄次郎 大尉:1910年4月28日 - 12月1日
  • 森岡喜作 大尉:1910年12月1日 - 1911年12月1日
  • 市村久雄 大尉:1911年12月1日 - 1913年12月1日
  • 村上正之助 大尉:1913年12月1日 - 1915年12月13日
  • 坪井丈左衛門 大尉:1915年12月13日 - 1917年8月23日
  • 畠山義赴 大尉:1917年8月23日 - 1919年12月1日[9]
  • 佐倉武夫 大尉:1919年12月1日 - 1921年12月1日
  • 横山茂 大尉:1921年12月1日[10] - 1922年1月10日[11]
  • 杉山六蔵 大尉:1922年1月10日 - 1922年12月1日
  • 山口常太郎 大尉:1922年12月1日[12] - 1923年5月10日[13]
  • 長谷部喜蔵 大尉:1923年5月10日[13] - 1924年12月1日[14]
掃海艇長
  • 床井春吉 大尉:1924年12月1日[14] - 1926年2月1日[15]
  • 森本信一 少佐:1926年2月1日[15] - 1926年12月1日[16]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i 『日本海軍史』第7巻、291頁。
  2. ^ 『写真日本海軍全艦艇史』資料編「主要艦艇艦歴表」11頁。
  3. ^ #海軍制度沿革(巻8、1940)p.205『◎驅逐艦神風外二十四隻命名ノ件 明治三十八年二月十五日(達一七)臨時軍事費ヲ以テ建造スヘキ驅逐艦二十五隻ヘ左ノ通命名セラル|製造番號 製造所 艦名|第一號 横須賀海軍工廠 神風カミカゼ/第二號 同 初霜ハツシモ/第三號 同 彌生ヤヨヒ/第四號 同 如月キサラギ/第五號 長崎三菱造船所 白露シラツユ/第六號 同 白雪シラユキ/第七號 同 松風マツカゼ/第八號 神戸川崎造船所 朝風アサカゼ/第九號 同 春風ハルカゼ/第十号 同 時雨シグレ/第十一號 大阪鐡工場 朝露アサツユ/第十二號 同 疾風ハヤテ/第十三號 舞鶴海軍工廠 追風オヒテ/第十四號 同 夕凪ユフナギ/第十五號 佐世保海軍工廠 夕暮ユフグレ/第十六號 同 夕立ユフダチ/第十七號 同 三日月ミカヅキ/第十八號 同 野分ノワキ/第十九號 呉海軍工廠 潮ウシホ/第二十號 同 子日ネノヒ/第二十一號 横須賀海軍工廠 響ヒビキ/第二十二號 長崎三菱造船所 白妙シロタヘ/第二十三號 神戸川崎造船所 初春ハツハル/第二十四號 横須賀海軍工廠 若葉ワカバ/第二十五號 同 初雪ハツユキ』
  4. ^ a b c #海軍制度沿革(巻11、1940)p.567『春風|掃海艇|(要目略)|〃(神戸川崎造船所)|38-2-16|38-12-25|39-4-15|(武装略)』
  5. ^ #海軍制度沿革(巻8、1940)p.54『明治三十八年十二月二十八日(達一九八)艦艇類別等級別表中驅逐艦ノ欄内「若葉」ノ次ニ「春風」ヲ加フ』
  6. ^ #達大正13年12月p.1『達第百三十七號 艦艇類別等級表中左ノ通改正ス 大正十三年十二月一日 海軍大臣 財部彪|軍艦ノ欄内「水雷母艦」ヲ潜水母艦ニ改ム|驅逐艦三等ノ欄内「有明、吹雪、潮、初霜、神風、彌生、子日、如月、朝風、夕暮、若葉、春風、追風、初雪、時雨、夕立、響、初春、疾風、夕凪、卯月、水無月、長月、菊月、浦波、磯波、綾波」ヲ削ル|掃海艇ノ欄内「第六號」ノ次ニ「夕立、夕暮、神風、初霜、如月、響、浦波、磯波、水無月、長月、菊月、綾波、潮、子日、朝風、若葉、春風、初雪」ヲ加フ|水雷艇ノ欄ヲ削ル|備考第三號ヲ左ノ通改ム 掃海艇ヲ呼稱スルニハ「掃海艇何」ヲ以テス但シ番号ヲ附スルモノハ「第一號掃海艇」「第二號掃海艇」等ト稱ス 備考第四號ヲ削リ第五號ヲ第四號トス』
  7. ^ #除籍駆逐艦(3)pp.2-3『舊春風(千噸以下)(略)大正一三.一二.一驅逐艦春風掃海艇籍ニ入ル昭和三年.四.一掃海艇籍ヨリ除カル』
  8. ^ 『日本海軍史』第7巻、291頁では「第15号」。
  9. ^ 『官報』第2199号、大正8年12月2日。
  10. ^ 『官報』第2801号、大正10年12月2日。
  11. ^ 『官報』第2830号、大正11年1月11日。
  12. ^ 『官報』第3102号、大正11年12月2日。
  13. ^ a b 『官報』第3232号、大正12年5月11日。
  14. ^ a b 『官報』第3684号、大正13年12月2日。
  15. ^ a b 『官報』第4030号、大正15年2月2日。
  16. ^ 『官報』第4283号、大正15年12月2日。

参考文献[編集]

  • アジア歴史資料センター(公式)(防衛省防衛研究所)
    • 『大正13年達完/12月』。Ref.C12070084200。
    • 『恩給叙勲年加算調査 下巻 除籍艦艇 船舶及特務艇 昭和9年12月31日/除籍艦艇/駆逐艦(3)』。Ref.C14010006100。
  • 『写真日本海軍全艦艇史 Fukui Shizuo Collection』資料編、KKベストセラーズ、1994年。
  • 海軍歴史保存会『日本海軍史』第7巻、第9巻、第10巻、第一法規出版、1995年。
  • 片桐大自『聯合艦隊軍艦銘銘伝』普及版、光人社、2003年。
  • 『世界の艦船増刊第107集 日本駆逐艦史』海人社、2012年12月。

関連項目[編集]