1951年の日本

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1951年の日本(1951ねんのにほん)では、1951年昭和26年)の日本出来事流行・世相などについてまとめる。

できごと[編集]

  • 2月:国内航空事業令の改正により、日本人が経営する航空事業が再開された。[1]
  • 3月4日から11日まで:インドニューデリーで開かれた第1回アジア陸上競技大会に参加した。好成績を収め、日本選手のマナーが地元に好印象を与えた。[2]
  • 4月:第2回統一地方選挙が実施された。
  • 4月11日:アメリカ合衆国のトルーマン大統領が連合国軍最高司令官のマッカーサー元帥を解任した。マッカーサーは帰国後、米議会の演説で「老兵は死なず、ただ消えゆくのみ」と発言した。[3]
  • 4月24日:国電京浜東北線赤羽発下り電車が桜木町駅の手前で切れた架線に接触し発火、死者106人・負傷者92人を出した。[4]
  • 5月1日:連合国軍最高司令官のリッジウェイが公職追放令の解除に関する関係法令検討の権限を日本政府に与えると声明した。[5]
  • 5月17日:昭和天皇の生母、皇太后節子さまが67歳で亡くなられた。[6]
  • 9月4日から8日まで:アメリカ合衆国の占領下から独立するための対日講和会議がサンフランシスコのオペラハウスで開かれた。[7]
  • 10月:社民党が10月臨時大会で、講和条約・日米安保条約に対する党議決定により分裂した。[8]
  • 10月19日から11月まで:第3回日米親善野球が開催された。[9]

話題[編集]


出典[編集]

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  1. ^ 読売新聞世論調査部 1996, p. 31e「民間航空再開」
  2. ^ 読売新聞世論調査部 1996, p. 31f「アジア陸上競技大会参加」
  3. ^ 読売新聞世論調査部 1996, p. 31b「マ元帥の解任」
  4. ^ 読売新聞世論調査部 1996, p. 31d「国電桜木町の惨事」
  5. ^ 読売新聞世論調査部 1996, p. 32b「追放解除の加速」
  6. ^ 読売新聞世論調査部 1996, p. 31c「貞明皇后ご逝去」
  7. ^ 読売新聞世論調査部 1996, p. 31a「平和条約締結」
  8. ^ 読売新聞世論調査部 1996, p. 32d「社民党分裂」
  9. ^ 読売新聞世論調査部 1996, p. 32a「日米親善野球」

参考文献[編集]

  • 読売新聞世論調査部、1996、『10大ニュースに見る 戦後50年』、読売新聞社 ISBN 4-643-96018-3

関連項目[編集]