晏子内親王

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晏子内親王(あんし(やすこ)ないしんのう、生年未詳 - 昌泰3年7月20日900年8月29日))は、平安時代初期から中期にかけての皇族伊勢斎宮文徳天皇の第1皇女。母は藤原列子(従四位上藤原是雄)。同母妹に慧子内親王賀茂斎院)がいる。

嘉祥3年(850年)7月9日、父・文徳天皇の即位により斎宮に卜定される(妹・慧子内親王も同時に斎院卜定)。仁寿元年(851年)8月26日、野宮に入り、翌2年(852年)9月7日、伊勢へ群行(長奉送使は中納言安倍安仁右中弁橘海雄)。天安2年(858年)8月27日、文徳天皇の崩御により在任7年で退下。昌泰3年(900年)7月20日薨去