有田正憲

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有田 正憲(ありた まさのり、1912年 - ?)は、宮崎県都城市出身の右翼特殊株主政治運動家笹川良一秘書)、天理教布教師

略歴[編集]

小田俊与人道主義政治連盟)、深作清次郎反ソ決死隊)、南俊夫(自称:世界連邦創始者)、杉本一夫、岸本力男(後の稲川会越路家一家三代目、全愛会議理事長)、福田進防共挺身隊)、山陰探月、別城遺一ら右派常連候補を糾合し、国会浄化、暴力スト粉砕、日教組解体、邪教創価学会殲滅などの主張を叫んでは、革新勢力に対する減票工作のため、国政選挙などへの大量立候補を敢行した。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 第1-16回都城市長選挙(都城市選挙管理委員会)
  2. ^ 後に赤石貞治が『政治結社日本国民政治連合』に改組、承継。
  3. ^ 参議院院内会派とは無関係
  4. ^ 碑文は当初『戦争裁判の遺跡』を予定していたが、各方面からの強い反対で上記の内容に落ち着いた。
  5. ^ 東京地方裁判所昭和55(行ウ)104判決

参考文献[編集]