有馬 (川崎市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
検索に移動
有馬
中央公園と住民
中央公園と住民
有馬の位置(神奈川県内)
有馬
有馬
有馬の位置
北緯35度34分34.84秒 東経139度35分7.63秒 / 北緯35.5763444度 東経139.5854528度 / 35.5763444; 139.5854528
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Kanagawa Prefecture.svg 神奈川県
市町村 Flag of Kawasaki, Kanagawa.svg 川崎市
宮前区
面積
 • 合計 1.523km2
人口
2017年(平成29年)12月31日現在)[2]
 • 合計 22,168人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
216-0003[3]
市外局番 044 (川崎MA)[4]
ナンバープレート 川崎

有馬(ありま)は、神奈川県川崎市宮前区町名。現行行政地名は有馬一丁目から有馬九丁目で、住居表示実施済み区域[5]郵便番号は216-0003[3]。面積は1.52km2[1]

地理[編集]

宮前区の南部に位置し、国道246号が域内を横断している。一帯は多摩田園都市の一部として住宅地となっているが、わずかに果樹園などもみられる[6]。また、宮前区唯一の高等学校である神奈川県立川崎北高等学校も所在している。

北西部~北部では国道246号とその旧道を境界として、鷺沼小台馬絹と、東部では東有馬と接する。南部では横浜市都筑区のすみれが丘・牛久保・牛久保町あゆみが丘と接する(特記のない町名は宮前区所属)。

地価[編集]

住宅地の地価は、2014年平成26年)1月1日公示地価によれば、有馬1-15-15の地点で29万6000円/m2となっている。[7]

歴史[編集]

「有馬」の名は1559年永禄2年)、小田原北条氏の家人、窪田氏の所領として登場する[8][9][10]。その後、江戸時代には「有間」と表記されたが、明治以降は「有馬」に戻っている[8][10][注釈 1]

江戸時代には、新編武蔵風土記稿に、家が96件あり、それが東西に散在している旨が書かれている[11]が、そのうち西側が現在の有馬にあたる[9]。また、泥田のため苗代を使わない稲作が行われていた[6][8][11]ほか、水源が谷間の清水しかないため、二箇所のため池を作っていた[8][10][注釈 2]など、稲作に苦労する土地であり、副業として炭焼きも行われていた[6][8][9][11]。また、江戸時代を通じて旗本の曽根氏と遠山氏の相給であったが、新田天領となった[12]

明治以降は養蚕も行われ[12]大正時代にはクリが名産となったり[6][12]、野菜の栽培も行われるようになっていったが[6][8]、戦時中には多くの土地が軍用地として接収された。戦後には軍用地も返還されたが、その直後に多摩田園都市計画が始まり、農地のほとんどが宅地へと変貌を遂げていった。

名称の由来[編集]

下記のようないくつかの説があるものの、はっきりとはしていない[9][10]

  • 「山間の土地」という意味[6][8]
  • 隣接する馬絹同様、乗馬に関係のある土地だとする説[6][8][9][10][11]
  • 平安時代の勅旨牧である「石川牧」に由来するという説[9][10]

沿革[編集]

世帯数と人口[編集]

2017年(平成29年)12月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]

丁目 世帯数 人口
有馬一丁目 1,836世帯 3,870人
有馬二丁目 783世帯 1,874人
有馬三丁目 814世帯 1,857人
有馬四丁目 1,164世帯 2,644人
有馬五丁目 761世帯 1,755人
有馬六丁目 1,179世帯 2,829人
有馬七丁目 935世帯 2,465人
有馬八丁目 1,407世帯 2,985人
有馬九丁目 904世帯 1,889人
9,783世帯 22,168人

小・中学校の学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[13][14]

丁目 番地 小学校 中学校
有馬一丁目 全域 川崎市立鷺沼小学校 川崎市立有馬中学校
有馬二丁目 全域 川崎市立宮崎小学校 川崎市立宮崎中学校
有馬三丁目 1~21番
23〜24番
その他 川崎市立西有馬小学校 川崎市立有馬中学校
有馬四丁目 全域
有馬五丁目 全域
有馬六丁目 全域
有馬七丁目 全域
有馬八丁目 全域
有馬九丁目 全域

交通[編集]

鉄道[編集]

域内を通る鉄道はないが、至近に東急田園都市線鷺沼駅が所在する。

バス[編集]

鷺沼駅を起点として、センター南駅東急バス東山田営業所武蔵小杉駅梶が谷駅など各方面を結ぶバスが当地を通過している。

道路[編集]

施設[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ 『新編武蔵風土記稿』には「古は有間、中頃有馬に換へ、今又古に復すと云」とある。[11]
  2. ^ 『新編武蔵風土記稿』には、最近廃されて芝地になっている、旨記述がある[11]

出典[編集]

  1. ^ a b 町丁別面積(総務省統計局「地図で見る統計(統計GIS)」の数値)”. 川崎市 (2015年10月26日). 2018年2月15日閲覧。
  2. ^ a b 町丁別世帯数・人口”. 川崎市 (2018年1月25日). 2018年2月15日閲覧。
  3. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2018年2月15日閲覧。
  4. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2018年2月15日閲覧。
  5. ^ 区別町名一覧表”. 川崎市. 2018年2月15日閲覧。
  6. ^ a b c d e f g 前川(1997)、P86~87
  7. ^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
  8. ^ a b c d e f g h 角川(1984)、P88
  9. ^ a b c d e f 川崎市(1991)、P193~194
  10. ^ a b c d e f 川崎市(2004)、P14
  11. ^ a b c d e f 新編武蔵風土記稿.
  12. ^ a b c d 川崎市(2004)、P15
  13. ^ 川崎市立小学校の通学区域”. 川崎市 (2015年4月1日). 2018年2月15日閲覧。
  14. ^ 川崎市立中学校の通学区域”. 川崎市 (2015年4月1日). 2018年2月15日閲覧。

参考文献[編集]

  • 「稲毛領 有間村」『新編武蔵風土記稿』巻ノ62橘樹郡ノ5、内務省地理局、1884年6月。NDLJP:763983/94
  • 「川崎地名辞典(下)」 日本地名研究所編、川崎市発行、2004年。
  • 角川日本地名大辞典 14 神奈川県」 竹内理三編、角川書店、1984年。
  • 「たちばな地名探訪」 前川清治、労働教育センター、1997年。ISBN 4-8450-0283-3
  • 「川崎の町名」日本地名研究所編、川崎市発行、1991年。