朝倉城 (土佐国)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
logo
朝倉城
高知県
別名 重松城
城郭構造 山城
築城主 本山茂宗(梅慶)
築城年 天文元年(1532年)頃?
主な城主 本山梅慶、本山茂辰
廃城年 永禄6年(1563年)
遺構 曲輪土塁
指定文化財 県指定史跡
位置
地図
朝倉城の位置(高知県内)
朝倉城
朝倉城

朝倉城(あさくらじょう)は、高知県高知市朝倉にあった日本の城。高知県指定史跡[1]

概要[編集]

高知市西部、高知大学西側の標高約100メートルの丘陵上に位置し、頂上のおよそ2000平方メートルの平坦地を本曲輪とし、周囲にも出丸を築いていた[1]

本山城主・本山茂宗は、大永(1521~1527)年間に土佐中央部に進出した。朝倉城築城は天文元年(1532年)頃とも言われている[1]。その後、長宗我部氏土佐一条氏土佐国の覇権をめぐって争い続けた。

永禄5年(1562年)には長宗我部元親が3,000人の兵を率いて当城を攻め、本山茂辰はこれを撃退した。しかし翌永禄6年(1563年)に本山城に退去した際に当城は焼かれ、廃城となった。

脚注[編集]

  1. ^ a b c 「朝倉城跡」高知市公式HP

参考文献[編集]

  • 日本歴史地名大系 (オンライン版)

関連項目[編集]