木崎良平 (法曹)

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木崎 良平(きざき りょうへい、1924年7月25日 - 2005年8月15日)は、日本の弁護士最高裁判所判事

概要[編集]

兵庫県神戸市出身[1]。戦前に在学中に高等文官試験司法科に合格し、学徒動員満洲に行くも、病気となり療養所で敗戦[2]。ソ連に抑留されたが脱走して、苦労を重ねながら日本に帰還した[2]京都大学法学部卒業後の1951年に弁護士登録[1]大阪弁護士会会長、日弁連副会長、法制審議会委員などを歴任した[1]

1990年9月に最高裁判事に就任[2]。1990年衆院選を一票の格差訴訟で「違憲状態」としつつ有効とした大法廷判決に対し、「2倍以上で違憲状態、1年以内に定数が是正されなければ選挙を無効にするべき」とする反対意見を述べた[1]

1994年7月に定年退官。1996年秋の叙勲で勲一等瑞宝章を受章[3]。2005年8月15日、慢性心不全のため死去[1]。81歳没。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e 木崎良平氏死去/元最高裁判事 四国新聞 2005年8月16日
  2. ^ a b c 野村二郎「日本の裁判史を読む事典」(自由国民社)101頁
  3. ^ 中野文庫 - 旧・勲一等瑞宝章受章者一覧(戦後の部)