本国寺 (大網白里市)

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本国寺
所在地 千葉県大網白里市大網3002
山号 法流山
宗派 日蓮宗
創建年 (伝)810年弘仁1年)
開基 (伝)空海
正式名 法流山 本国寺
文化財 木造日蓮聖人坐像(千葉県指定有形文化財)
法人番号 9040005010271
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本国寺(ほんこくじ)は、千葉県大網白里市にある日蓮宗寺院山号は法流山。日什門流妙満寺輪番上総十ヶ寺の一つ。寺名は「本國寺」とも表記する(宗教法人としての名称は「本国寺」)[1]

歴史[編集]

かつて空海開山と伝える真言宗阿蘭若興善寺であった。その後土気城酒井氏による七里法華の影響で文明3年(1471年)5月、日肝によって改宗させられて法華宗となる。元和8年(1622年)5月、当寺10世日純(のち妙満寺30世)は檀林を創設した。寺の所在地の地名・宮谷(みやざく)を取って宮谷檀林という。周辺には野呂檀林細草檀林小西檀林などがある日蓮門下の金城湯池であった。

明治元年(1868年)12月、旧幕領・旗本領37万石を管轄する安房上総知県事・柴山典が、境内に知県事役所(のちに宮谷県庁)を設置した。のちにこの知県事の管轄地域は、役所所在地の地名(当時は上総国山辺郡大網宿宮谷)から宮谷県(みやざくけん)となる。柴山ら県幹部が更迭される事件(宮谷騒動)を経て、明治4年(1871年)11月に県の統合が行われるまで、行政中心地としての役割を果たした。

明治7年(1874年)境内に大網北小学校(現在の大網白里市立大網小学校の前身)が創立された。いったん檀林は休止したが、明治25年(1892年)に大学林として復興し、33年(1900年)7月まで続けられていた。

昭和16年、日蓮宗、顕本法華宗、本門宗の三派合同により日蓮宗となる。旧顕本法華宗寺院で組織する什師法縁に所属する。

日什門流の寺院でありかつては什門のみならず、陣門、石門など勝劣派の中核寺院として、多数の学僧を輩出した。堂宇10、塔頭12、学寮50近く、学徒は800名を越えたという。

日什門流の法縁は当檀林の学寮から発生している(禹師寮法縁、迂師寮法縁、清師寮法縁、乗師寮法縁、宏師寮法縁等)。

文化財[編集]

  • 木造日蓮聖人坐像(千葉県指定有形文化財) - 鎌倉時代末から室町時代にかけてのもので、「雨乞祖師」として地元住民の信仰を集めている。2基の雨乞報恩碑が造られた。
  • 宮谷県庁跡(みやざくけんちょうあと) - 「千葉縣史蹟宮谷縣廳跡」と記された石碑が建っており、境内は「宮谷県庁跡」として千葉県指定史跡(1954年指定)となっている。

旧末寺[編集]

日蓮宗は昭和16年に本末を解体したため、現在では、旧本山、旧末寺と呼びならわしている。

  • 殿谷山如意輪寺(茂原市国府関)
    • 如意輪寺末:久遠山実成寺(花巻市東和町安俵七区)
  • 宝照山安楽寺(千葉県長生郡長柄町船木)
    • 安楽寺末:宝中山安盛寺(千葉県長生郡長柄町中野台)
  • 法永山正國寺(大網白里市木崎)
  • 金珠山光昌寺(大網白里市永田)
  • 経王山来傳寺(大網白里市大網)
  • 寿量山浄眼寺(大網白里市大網)

行事[編集]

  • 10月下旬 ― 文化フェスタin本國寺(2003年より)

交通アクセス[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 大網白里町宗教法人名簿(千葉県公式サイト内)