本堂親道

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本堂 親道(ほんどう ちかみち、文化7年1月21日1810年2月24日) - 明治12年(1879年1月23日)は、江戸時代末期の交代寄合常陸国志筑第9代領主。第8代領主・本堂親庸の子。内蔵助。別名親通。妻は松平頼説の娘。妹弟に清(堀金直室)、久(戸田直増室)、金沢義近(金沢義保養子)、本堂親明。子に本堂親久、千賀子(菅谷政悳室)、佐橋佳致(初名親彬、佐橋佳為養子)、高橋重清(高橋重薩養子)、森村瓢造(森村兵蔵養子)、朝子(坪内定保養女、松平鎌蔵室)、松子(堀直倫室)、和喜子(遠山景彰室)、伊東祐護(伊東祐養子)、都子(吉野義巻室)。

嘉永5年(1852年)に致仕し、子の親久が家督を継ぐ。墓所は、茨城県かすみがうら市の長興寺。

先代:
本堂親庸
常陸国志筑9代当主
- 1852年
次代:
本堂親久