本多政成

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本多政成

本多 政成 (ほんだ まさよし、宝暦5年6月8日1755年6月30日)- 享和3年4月28日1803年6月17日)) は、加賀藩の家老、加賀八家本多家第7代当主。

父は加賀藩家老本多政行。正室は本多図書政恒の娘。子は本多政礼、本多政守。通称玄蕃助。官位は従五位下安房守。

生涯[編集]

享保13年(1755年)6月8日加賀藩家老本多政行の子として金沢に生まれる。寛政8年(1796年)父政行の隠居により家督と5万石の知行を相続する。寛政9年(1798年)12月18日従五位下安房守に叙任。享和2年(1801年)御勝手方御用主附を命じられ藩の財政を担当した。享和3年(1803年)4月28日没。享年49。家督は嫡男政礼が相続した。

参考文献[編集]

  • 「藩国官職通考」