札幌スキー場

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
札幌スキー場
所在地 北海道札幌市南区
座標 北緯43度1分40秒 東経141度19分38秒 / 北緯43.02778度 東経141.32722度 / 43.02778; 141.32722
開業日 1946年
廃業日 1958年
造設地形 藻岩山
テンプレートを表示

札幌スキー場(さっぽろスキーじょう)は北海道札幌市南区藻岩山にかつて存在したスキー場である。同じく藻岩山に存在する札幌藻岩山スキー場とは別物である。

概要[編集]

札幌スキー場は、昭和 21年(1946年)、日本で初めてのリフトを備えたスキー場として、北海道札幌市南区にある藻岩山(もいわやま)に開かれた。日本初のスキーリフトとされることの多い志賀高原丸池スキー場のリフトは昭和22年(1947年)1月20日に試運転をしている[1]。札幌スキー場はその前年、12月24日に試運転をしており、[2]札幌スキー場のリフトの方が一月ほど早く稼働している。

札幌スキー場は、進駐軍専用として開かれたものであり、原則として日本人は使用することができなかった。(プロスキーヤーの三浦雄一郎は、当時「私は学生で通訳ができる」と言っては札幌スキー場のリフトに乗ったと語っている)[1]札幌スキー場は、藻岩山の北東斜面に開かれており、現在の藻岩山市民スキー場とは違う斜面であった。現在も慈恵会入り口より藻岩山への登山道途中に第1リフト降り場のコンクリート礎石が残されている。(通称「砲台跡」と呼ばれている箇所である)

第1リフトの他に、第1リフト降り場から山頂へ向けた第2リフト、トボーガン(ボブスレー)コース、20m級シャンツェ、将校用及び下士官用のロッジなどが建設され、総合スキー場の体をなすものであった。工事の設計・監督は堂垣内尚弘(後の北海道知事)が行い[3]、安全索道(株)が施工している[4]

札幌スキー場は、進駐軍撤退の後もしばらくの間は市民スキー場として使われていた。昭和33年(1958年)2月の第13回国体スキー大会でスラーロームのコースとして使用されたのを最後として、自然保護を図るため使用禁止となり、天然林による自然回復を図っている。コース跡は長らく、札幌市街地から見えていたが、現在では樹木に覆われ、判別は難しい。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b 鹿島の軌跡: 第23回 日本初のスキーリフト - 鹿島建設株式会社、2019年12月確認
  2. ^ コンサルタンツ北海道 第112号 - 公益社団法人 日本技術士会北海道本部
  3. ^ 道立体育センターを構想、白鳥大橋の実現に汗 (財団法人北海道体育協会長 堂垣内尚弘 氏(元北海道知事、元北海道開発庁事務次官) - 建設グラフ1998年7月号
  4. ^ 沿革 - 安全索道株式会社(Wayback Machine上)