朱良才

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朱 良才
生誕 1900年9月27日
湖南省 汝城県
死没 1989年2月22日
北京
所属組織 中国人民解放軍陸軍
軍歴 1928 - 1958
最終階級 陸軍上将
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朱良才
職業: 軍人
各種表記
繁体字 朱良才
簡体字 朱良才
和名表記: しゅ りょうさい
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朱 良才(しゅ りょうさい)は、中華人民共和国の軍人。中国人民解放軍上将

略歴[編集]

1925年、汝城県の農民運動に参加。1927年、中国共産党に入党し、翌年、湘南起義に参加した。土地革命戦争以後、中国工農紅軍第4軍軍部秘書、第12師第36団(連隊)連(中隊)党代表、中共永興県区党委員会書記、紅4軍第31団第1営(大隊)営部書記、連政治委員、第3縦隊第7支隊政治委員、紅1方面軍第3軍第9師政治委員、紅5軍団第15軍政治委員、紅軍総衛生部政治委員、紅31軍政治部主任、紅四方面軍教導団団長兼政治委員、援西軍政治部組織部部長を歴任。長征に参加。

日中戦争時、晋察冀軍区第3支隊政治委員、第3軍分区政治委員兼政治部主任、晋察冀軍区政治部副校長、副政治委員、華北軍政大学副政治委員兼政治部主任を歴任。

中華人民共和国建国後、華北軍政大学政治委員、華北軍区副政治委員兼政治部主任、北京軍区政治委員。1955年、上将の階級を授与される。中国人民政治協商会議第1回全国委員会委員、第1回全国人民代表大会代表、第2回、第3回、第4回、第5回全国人民代表大会常務委員。

1958年、傷病のため依願退職。1989年2月22日、北京で死去。

著書[編集]

  • 「朱徳的扁担」
軍職
先代:
(設置)
中国人民解放軍陸軍の旗 北京軍区
中国人民解放軍総政治部の本政治委員

第1任:1955.04-1958.11
次代:
頼傳珠