朴栽弘

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朴 栽弘(パク・チェホン)
Park Jae-Hong
基本情報
国籍 大韓民国の旗 大韓民国
出身地 全羅南道光州広域市
生年月日 (1973-09-07) 1973年9月7日(45歳)
身長
体重
176 cm
85 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 1991年 1次ドラフトでヘテ・タイガースから指名(入団は1996年)
初出場 1996年
最終出場 2012年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム 大韓民国の旗 大韓民国
五輪 2000年

朴 栽弘(박재홍、パク・チェホン、1973年9月7日 - )は、韓国出身の元プロ野球選手

経歴[編集]

1992年、高校3年の時に出身地光州広域市を本拠地とするヘテ・タイガースに1次ドラフトで指名されたが、これを拒否し延世大学校へ進学した。卒業後も、ヘテへの入団を拒否し、社会人野球の現代フェニックスに入団が内定されていた。1995年シーズンオフ、現代グループが当時の太平洋ドルフィンズを買収し、現代ユニコーンズとして韓国野球委員会に参入したが、へテ・タイガースが彼に対する永久交渉権を持っており、彼は依然としてヘテに対する拒否の姿勢を崩さなかったため、プロ入りは難航していた。それで、現代ユニコーンズはヘテとの協議を経て、一旦朴をヘテに入団させてから、現代が主力投手の崔尚徳を出す条件で、トレードで現代ユニコーンズに入団させることにした。ヘテとの契約条件は朴と現代ユニコーンズで合意した内容であった。

プロ1年目から走攻守に秀でたその才能を発揮し、韓国プロ野球史上初の30本塁打、30盗塁を達成し、さらに本塁打王、打点王の2冠のタイトルを獲得、新人王にも輝いた(2017年シーズン終了時点で30本塁打は韓国プロ野球の新人選手本塁打数のシーズン記録)。その後も現代の主力打者として活躍し、1998年、2000年と2度の韓国シリーズ優勝に貢献した。

だが2001年、2002年とやや成績を落とすと、2003年鄭成勲(チョン・ソンフン)との1対1トレードで、あいにくも頑なに入団を拒否してきた起亜タイガースに移籍された。2003年こそ打率3割を記録し、起亜もレギュラーシーズン2位と優勝戦線に残ったが、翌2004年は怪我などの影響もありプロ入り後自己最低の73試合にしか出場できなかった上、愛着のないチームに移籍された所為か、怠慢と見られるプレイが目立ち、チームの和を乱すと批判された。そのため、2005年金熙杰との交換でSKワイバーンズにトレードされた。

プロ生活をスタートしたかつての現代の本拠地の仁川広域市を本拠地としているSKに移籍した朴栽弘は復活を遂げ、2005年打率3割を記録し、史上初となる通算200本塁打、200盗塁も達成した。その後もSKの主力外野手として活躍を続け、2007,08年の韓国シリーズ2連覇にも貢献した。また2009年には史上初となる通算250本塁打、250盗塁を達成した。しかし2010年以降年齢による衰えか、出場機会が減りはじめた。2011年12月にはプロ野球選手会会長に就任した。

打席に立つと、応援席からは「豪打俊足(ホタジュンジョク)、パクチェホン!」のコールが響くことでもよく知られている。また、SKの本拠地文鶴野球場の1塁側内野席1階の上には、朴栽弘の通算本塁打、盗塁数を示す記録ボードが掲げられている。

国際大会の経験も豊富で、アジア大会の野球韓国代表として1998年、2002年の韓国代表の2連覇にも貢献し、2006年大会にも出場し3大会連続出場となった。五輪には2000年シドニー五輪にのみ出場している。アテネ五輪はアジア地区予選に出場したが、韓国代表が予選敗退したため出場はならなかった。国際大会で好成績を残していることもあり、「リトルキューバ」のニックネームがある。2009 ワールド・ベースボール・クラシックの予備選手だったが、最終エントリーには登録されなかった。

2012年10月3日の対LGツインズ戦で、左翼席へ本塁打を放ち、韓国プロ野球史上通算7人目の300本塁打を記録した。だが出場機会が減り、同年限りでSKを退団となった。移籍先は見つからず、2013年1月、現役引退を表明し同年より野球解説者に転身した。2013年4月20日、SKの本拠地・文鶴野球場で引退セレモニーを開催する予定だったが試合が雨天中止となったため、5月18日に行われた。だがこの日もまた雨に降られ、7回途中で降雨コールドゲームとなったロッテジャイアンツ戦終了後の引退セレモニーは土砂降りの中で進行となった。

詳細情報[編集]

通算成績[編集]

















































O
P
S
1996 現代 126 547 481 75 142 29 4 30 269 108 36 17 0 6 53 7 7 107 7 .295 .369 .559 .929
1997 96 403 331 77 108 16 0 27 205 69 22 14 0 2 66 10 4 59 5 .326 .442 .619 1.061
1998 119 507 428 86 114 25 2 30 233 84 43 19 0 4 66 7 9 83 13 .266 .373 .544 .917
1999 129 572 482 83 142 27 1 24 243 98 17 13 0 5 79 6 6 85 10 .295 .397 .504 .901
2000 132 572 489 101 151 31 5 32 288 115 30 14 0 12 64 5 7 77 15 .309 .388 .589 .977
2001 127 570 489 75 139 20 3 18 219 80 7 7 0 5 74 2 2 86 12 .284 .377 .448 .825
2002 112 481 432 57 120 24 0 15 189 67 12 8 0 4 41 2 4 94 10 .278 .343 .438 .781
2003 起亜 108 461 392 71 118 15 5 19 200 66 14 9 6 2 60 1 1 84 11 .301 .393 .510 .904
2004 73 226 186 29 47 9 1 7 79 29 7 5 2 3 35 2 0 37 8 .253 .366 .425 .791
2005 SK 109 495 421 76 128 21 1 18 205 63 22 10 2 3 67 2 2 78 10 .304 .400 .487 .887
2006 124 529 452 61 117 22 1 18 195 73 22 8 2 6 87 4 6 87 13 .259 .353 .431 .784
2007 115 400 347 53 97 19 1 17 169 54 10 7 1 7 41 6 4 52 5 .280 .356 .487 .843
2008 112 471 396 66 126 26 2 19 213 72 5 6 0 3 69 4 3 66 14 .318 .420 .538 .958
2009 113 376 315 53 85 12 0 12 133 46 15 4 4 4 45 2 8 57 7 .270 .371 .422 .793
2010 82 219 191 22 42 7 0 8 73 27 1 2 3 1 23 0 1 34 6 .220 .306 .382 .688
2011 74 187 161 11 30 8 0 1 41 12 4 1 7 4 15 0 0 36 2 .186 .250 .255 .505
2012 46 120 104 16 26 5 0 5 46 18 0 1 0 1 14 0 1 25 3 .250 .342 .442 .784
KBO:17年 1797 7136 6097 1012 1732 316 26 300 3000 1081 267 145 27 72 875 60 65 1147 151 .284 .376 .492 .868
  • 各年度の太字はリーグ最高

タイトル・表彰[編集]

関連項目[編集]