杉栄三郎

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杉栄三郎

杉 栄三郎(すぎ えいざぶろう、1873年明治6年)1月4日[1] - 1965年昭和40年)6月7日[2])は、日本の宮内官僚帝室博物館総長。法学博士

経歴[編集]

岡山県哲多郡矢神村(現在の新見市)出身[3]1900年(明治33年)、東京帝国大学法科大学政治科を卒業[1]会計検査院に入ったが、1902年(明治35年)より清国の招聘で京師大学堂(北京大学の前身)教授となった[3]。10年間在職したが、辛亥革命により帰国した[3]。帰国後は会計検査院に戻り、検査官、第一部第三課長を務めた[3]。その後、宮内省に移り、書記官参事官帝室林野局主事、図書頭、諸陵頭を歴任した[1]1932年(昭和7年)より帝室博物館総長を務めた。1939年(昭和14年)、退官して宮中顧問官に就任した[1]。その他に日華学会理事を務めた[1]

戦後は国立博物館評議員会評議員、同会長を務めた[2]

親族[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e 大衆人事録 1942.
  2. ^ a b 東京文化財研究所. “東京文化財研究所 物故者記事” (日本語). 2016年11月20日閲覧。
  3. ^ a b c d 岡山県人物月旦 1918.
  4. ^ 『人事興信録 第5版』人事興信所、1918年。

参考文献[編集]

  • 『岡山県人物月旦』 岡山新聞社、1918年
  • 帝国秘密探偵社編 『大衆人事録 第14版』 帝国秘密探偵社、1942年