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李雲龍

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李雲竜
プロフィール
出生: 1890年
死去: 1954年
出身地: China Qing Dynasty Flag 1889.svg 清国陝西省臨潼県
職業: 軍人
各種表記
繁体字 李雲龍
簡体字 李云龙
Lǐ Yúnlóng
和名表記: り うんりゅう
発音転記: リー ユンロン
  

李雲竜(り うんりゅう)は、中華民国の軍人。北京政府直隷派国民軍に属した。原名は秉信虎臣。号は実生

事跡

1911年宣統3年)10月の西安起義に参加する。その後は陝西省革命派人士である張雲山の配下となった。李雲竜は護国戦争第三革命)にも参加する。さらに1918年民国7年)1月に胡景翼らが三原で陝西督軍陳樹藩との戦いを開始すると、これにも参加した。胡が組織した陝西靖国軍で李は第2支隊司令となり、同年8月には第4路第4支隊司令となった。

1924年(民国13年)の北京政変(首都革命)を経て、胡景翼は馮玉祥率いる国民軍に加わり、李雲竜も国民軍第2軍第10旅旅長に就任した。1925年(民国14年)には、河南省をめぐる胡と憨玉琨との戦い(胡憨之戦)に参加している。胡急逝後の民国14年(1925年)8月、陝西軍務善後事宜兼河南国民軍第2混成旅旅長に任命された。

馮玉祥が西北国民軍総司令兼甘粛督弁に任命されると、李は1926年(民国15年)1月に孫岳の後任として署理陝西督弁に任命される。2月には国民軍第2軍第10師師長に任命された。同年9月、五原誓師を経て馮が国民革命軍に加入すると、李もこれに従った。

1927年(民国16年)6月、李雲竜は、国民革命軍西北軍(第2集団軍南路軍)第8路総司令に任命され、10月、国民革命軍東路副指揮となった。1928年(民国17年)、北伐に参加し、国民革命軍第2集団軍第16軍軍長兼国民政府軍事委員会委員に任命された。北伐後、新編第3師師長に任命される。その後、軍縮に伴い、1930年(民国19年)に第34師副師長に任命され、1931年(民国20年)、新編第3師師長に再び返り咲いた。しかし李は、中国共産党討伐に従事することを望まず、まもなく辞任・帰郷した。

以後、李雲竜は地元の名士として、学校建設や実業振興に取り組み、また、陝西省臨時参議会参議員もつとめた。1946年(民国35年)、陸軍中将銜を授与されている。中華人民共和国建国後も大陸に留まり、陝西省政治協商会議委員に任命された。

1954年、病没。享年65。

参考文献

  • 来新夏ほか 『北洋軍閥史 下冊』 南開大学出版社、2001年。ISBN 7-310-01517-7。
  • 田子渝・劉徳軍 『中国近代軍閥史詞典』 档案出版社、1989年。ISBN 7-5626-0244-1。
  • 徐友春主編 『民国人物大辞典 増訂版』 河北人民出版社、2007年。ISBN 978-7-202-03140-1。
  • 劉寿林ほか編 『民国職官年表』 中華書局、1995年。ISBN 7-101-01320-1。
 border‎ 中華民国北京政府
先代:
孫岳
陝西督弁
1926年1月 - 4月
次代:
靳雲鶚

今日は何の日(4月1日

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