村井順 (国文学者)

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村井 順(むらい じゅん、1904年3月28日 - 1985年3月5日[1])は、国文学者

経歴・人物[編集]

岐阜県高富町生まれ。1929年、早稲田大学文学部国文科を卒業。1960年に『源氏物語論』で早大から文学博士を授与される。高等学校教諭を経て、1964年に愛知淑徳短期大学教授に。1974年に定年退職し、以後は非常勤講師として勤めた。

「国文学教育は既存の文学を教えるだけでは片手落ちではないか?」との信念から、愛知淑徳短期大学国文学科の女子学生らに小説を書かせ、『女子大生小説集』(中部日本教育文化会、1973年)として刊行[2]。しかし1000冊発行した小説集は数十冊しか売れず、しばらく学生作品集は発行されなかった[3]ものの、粘り強い努力によって5年後には『女子大生短編小説集』(泰文堂、1978)を刊行した。

愛知淑徳短大では1995年ごろ、在野で「普遍的な創造的文章表現の指導に関する研究」を行っていた梅田卓夫清水良典が教員となり、国文学科は文芸学科へと改称した。短大が廃止された後の2000年代からは、愛知淑徳大学に文化創造学部創造表現専攻、メディアプロデュース学部クリエイティヴライティングコース、創造表現学部創作表現専攻と幾度か名前を変えながらも、「既存の文学を学びながらも、自らも表現を生み出す」という伝統は受け継がれている。

著書[編集]

共著編[編集]

  • 『枕草子』岡一男共著 学灯社 1951.学灯文庫
  • 『つれづれ草 常縁本』校 古典文庫 1963
  • 『女子大生小説集』中部日本教育文化会 1973
  • 『女子大生短篇小説集』編著 泰文堂 1978

脚注[編集]

  1. ^ 『人物物故大年表』
  2. ^ 『今の昔の話』・『女子大生小説集』著者紹介より
  3. ^ 『女子大生短篇小説集』(愛知淑徳大学図書館寄贈本にある直筆前文)より