村山美知子

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むらやま みちこ
村山 美知子
生年月日 1920年8月16日
没年月日 (2020-03-03) 2020年3月3日(99歳没)
出身地 兵庫県
国籍 日本の旗 日本
職業 朝日新聞社社主
村山長挙

村山 美知子(むらやま みちこ、1920年8月16日 - 2020年3月3日[1][2][3])は、日本の文化人。3代目現朝日新聞社社主。元朝日新聞社社長村山長挙の長女。兵庫県出身。

来歴・人物[編集]

朝日新聞社の発行済み株式総数のうち36.5%(116万6,641株)を保有する筆頭株主だった。1963年6月から株式会社朝日新聞社取締役社主付として就任。1977年8月から朝日新聞社社主に就任。

また朝日新聞と関係が深い朝日放送(現・朝日放送グループホールディングス)の発行済み株式総数の3.5%(14万5,500株)を保有し、1979年6月から2007年6月27日まで同社の社外取締役を務めていた。

2020年3月3日、肺炎のために死去[1][2][3]。99歳没[4]。生涯独身とされていたが、実際には1948年元海軍大尉の武田光雄と結婚、しかし武田光雄が新聞経営に興味を示さないなどの理由で1950年に離婚。夫婦仲が悪かったわけではなく、その後は二人とも独身を通し、晩年には交流があったという[5]

その他役職[編集]

公益財団法人香雪美術館理事長。同美術館は神戸市東灘区の村山邸の一角に建てられている。

そのほか、財団法人朝日新聞文化財団理事、大阪国際フェスティバル協会会長などを務める。音楽関係者の間では、大阪国際フェステイバル運営への貢献が高く評価されている。

保有株式数の変更の推移[編集]

2008年6月6日テレビ朝日(現・テレビ朝日ホールディングス)に対して朝日新聞社の発行済み株式38万株(11.08%)を234億4000万円で売却し、31万9千株(9.97%)を香雪美術館に寄贈した。

朝日新聞社は村山の申し出に応じてテレビ朝日株式5%分1株15万円、総額75億4500万円で購入し村山はテレビ朝日株を香雪美術館に寄付した。これで村山の持ち株は46万株になった。

2009年5月12日に村山が所有する同社株式46万株のうち、2万株を3200万円で従業員の朝日新聞社社員持株会に譲渡。これにより朝日新聞社従業員持株会が同社株式13.9%を保有する筆頭株主になった。

このほか村山は同社株式2万株を財団法人朝日新聞文化財団に寄付した。これで村山の同社持株数は42万株、持株比率は13.3%になった。

2009年12月10日朝日放送に対して朝日新聞社の発行済み株式の2.31%に当たる7万4000株を34億7800万円で譲渡した。

現在の朝日新聞社の持株数は35万3641株、持ち株比率は11.02%、第3位(上野尚一と同位)の株主である。

村山美知子の逝去を機に、朝日新聞社は2020年6月24日開催の第167回定時株主総会で社主制度を廃止した。[6]

家族[編集]

元朝日新聞社国際本部副部長村山富美子は妹。朝日新聞社初代社主村山龍平は祖父。朝日新聞社社主は上野尚一(2016年死去)と共同で務めた。

系譜[編集]

村山龍平(祖父、初代社主)= 村山長挙(父、2代目社主)- 村山美知子(3代目社主)

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ a b 村山美知子さんが死去 朝日新聞社社主”. 日本経済新聞 (2020年3月3日). 2020年3月5日閲覧。
  2. ^ a b 朝日新聞の村山美知子さん死去 77年から社主、大阪フェス主宰”. 北海道新聞 (2020年3月3日). 2020年3月5日閲覧。
  3. ^ a b 朝日新聞社主・村山美知子さん死去…99歳”. nifty (2020年3月3日). 2020年3月5日閲覧。
  4. ^ "朝日新聞社社主・村山美知子氏が死去 99歳". 朝日新聞デジタル. 朝日新聞社. 2020-03-03. 2020年3月3日閲覧
  5. ^ 樋田毅『最後の社主 朝日新聞が秘封した「御影の令嬢」へのレクイエム』[要ページ番号]
  6. ^ 2020年6月25日付朝日新聞朝刊「朝日新聞社の第167回定時株主総会が24日開催

参考文献[編集]

  • 樋田毅『最後の社主 朝日新聞が秘封した「御影の令嬢」へのレクイエム』 講談社 2020年3月26日