村川豊

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
村川 豊
JMSDF Admiral Yutaka Murakawa 村川豊海将 (US Army photo 170221-A-DR853-459 Japan Maritime Self-Defense Force Chief of Staff lays a wreath at the Tomb of the Unknown Soldier in Arlington National Cemetery).jpg
生誕 1958年1月29日(61歳)
日本の旗 日本 神奈川県
所属組織 Naval Ensign of Japan.svg 海上自衛隊
軍歴 1981年 - 2019
最終階級 JMSDF Admiral insignia (a).svg 海上幕僚長たる海将
テンプレートを表示

村川 豊(むらかわ ゆたか、1958年(昭和33年)1月29日 - )は、日本海上自衛官、第33代海上幕僚長神奈川県出身。

略歴[編集]

1981年(昭和56年)3月、防衛大学校(国際関係論学)第25期を卒業し、海上自衛隊に入隊する。後方支援の職種である「経理・補給」職域[注釈 1]に進み、海上幕僚監部人事教育部長、海上自衛隊補給本部長、海上幕僚副長などの要職を歴任し、2016年(平成28年)12月20日の閣議において、12月22日付をもって第33代海上幕僚長に任命する旨の人事が了承・発令された。

海幕長に後方支援の職種出身者が就任するのは海上自衛隊創設以来初めて[1][注釈 2]。就任時の記者会見では、村川の海幕長就任が海上自衛隊・帝国海軍の伝統を打ち破っていることを反映し、次のような問答があった[2]

経理補給部隊から海上幕僚長は初めて。旧海軍で海軍大臣や軍令部総長に主計科からなった例は聞いたことがない。これについてはどう考えるか。 — (記者の質問)、[2]
確かに旧海軍を含めて、主計等の職域から上まで上がられた方というのはいないのかもしれません。ただ、これは昨今の情勢を考えますと、オペレーションとロジスティクスというのは、これは一体化してやっていかなければいけないということは、例え今回私がたまたま海上幕僚長を拝命しましたけれども、船の、船乗りの出身の方がなろうと、飛行機乗りの出身の方がなろうと、いずれにしても、考えなければいけない課題であるという風に思っています。 — 村川豊、[2]

年譜[編集]

栄典[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 帝国海軍の主計科士官に相当。主計科士官の最高階級は海軍主計中将、最高ポストは海軍省経理局長であった。
  2. ^ 村川の海幕長就任と同日付で、統幕首席後方補給官に就任した近藤奈津枝海将補(海自初の女性武官出身将官)も、「経理・補給」職域出身。

出典[編集]

  1. ^ 町田徳丈 (2016年12月20日). “「海上幕僚長に村川豊氏 初の後方支援職出身」”. 毎日jp (毎日新聞社). オリジナルの2016年12月20日時点によるアーカイブ。. https://archive.is/20161220062848/http://mainichi.jp/articles/20161220/k00/00e/040/185000c 2017年6月25日閲覧。 
  2. ^ a b c 【村川豊海上幕僚長就任会見詳報】「真の即応体制を追求」「中国海軍艦艇の動向を注視」”. 産経新聞 (2017年1月18日). 2018年3月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年2月18日閲覧。
  3. ^ a b 海上自衛隊公式フェイスブック(2019年1月18日)
  4. ^ 防衛省発令(将人事)”. 防衛省 (2019年4月1日). 2019年3月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年3月19日閲覧。

出典[編集]

  • 2015年版 防衛年鑑(防衛年鑑刊行会)