村田勝志

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むらた かつし
村田 勝志
生誕 1939年4月1日
日本の旗 日本茨城県土浦市
死没 (2013-04-09) 2013年4月9日(74歳没)
日本の旗 日本 東京都中央区
国籍 日本の旗 日本
別名 カミソリ村田
職業 暴力団組長
団体 住吉会住吉一家小林会
子供 篠原光、村田勇太郎

村田 勝志(むらだ かつし、1939年4月1日 - 2013年4月9日[1][2])は、茨城県土浦市(一説には阿見町)出身の暴力団組員。女子総合格闘家の篠原光は娘[3]

プロレスラーの力道山を口論の末に刺傷し、力道山の死の遠因となったことで知られている。

略歴[編集]

中学時代から番格を務め、握り拳にカミソリを挟んで相手を殴るスタイルから、「カミソリ村田」の異名で恐れられた。上京して住吉一家入り、大日本興業準構成員となる。

1963年12月8日の午後10時30分、赤坂ニューラテンクォーター内で力道山と足を踏んだ踏まないをめぐって口論になった後喧嘩になり、力道山を登山ナイフで刺傷する。ナイフは根元まで刺さったが、傷自体は直接の死因とはならず、所属する暴力団は力道山とも手打ちを行っているが、最終的にはこの傷が遠因となって力道山は死亡した。後、この事件について大下英治による直接取材[4]に応えている。

なお、村田は、毎年力道山の命日の翌日には、菩提寺の池上本門寺への墓参を欠かさなかったという。命日の翌日にしたのは当日では目立ってしまうためという[4]

2013年4月上旬に東京都内で死亡[1]。74歳没[1]。晩年は糖尿病を患っていた[1]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d 「力道山を刺した男」が死亡 産経新聞(2013年4月13日)
  2. ^ 力道山:刺した74歳元受刑者、病院で死去 毎日新聞(2013年4月13日)
  3. ^ 【あの人は今こうしている】 篠原光さん - ゲンダイネット 2010年6月3日
  4. ^ a b 大下英治、2004、『力道山の真実』、祥伝社〈祥伝社文庫〉 ISBN 4396331967 参照