東久世秀雄

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東久世秀雄

東久世 秀雄(ひがしくぜ ひでお、1878年明治11年)7月19日 - 1951年昭和26年)11月18日[1])は、日本の農商務宮内官僚政治家華族貴族院男爵議員

経歴[編集]

東京府出身。伯爵東久世通禧の四男として生まれる[1][2]1897年12月6日、分家に際し父・通禧の功により男爵を叙爵した[1][3]

第一高等学校を経て[4]1905年東京帝国大学法科大学政治学科を卒業[2][5]。同年11月、文官高等試験行政科試験に合格[4]。同年、農商務省に入省し農商務属となる[4]

以後、農商務省山林局書記、山林局事務官、宮内事務官、帝室林野局事務官、貴族院書記官、同書記官長代理、農商務書記官兼同参事官皇后宮主事、内匠頭などを歴任[5]1931年5月15日、内匠頭を依願免本官となり退官した[6]。その後、宗秩寮審議官、日本郵船監査役、日本木材 (株) 顧問、全国森林組合聯合会顧問などを務めた[2][5]

1932年7月、貴族院男爵議員に選出され、公正会に属して1946年5月15日まで在任した[5][7]。その後、公職追放となった[4]。墓所は青山霊園1-イ-2で、大久保利通墓所の裏になる。戒名は東光院殿釋秀亭大居士。

栄典[編集]

親族[編集]

  • 兄 東久世通敏(伯爵)[1]
  • 弟 竹腰正文(男爵竹腰正己養子)[1]
  • 子 東久世秀禧

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e 『平成新修旧華族家系大成』下巻、386頁。
  2. ^ a b c 『人事興信録』第14版 下、ヒ15頁。
  3. ^ a b 『官報』第4331号、明治30年12月7日。
  4. ^ a b c d 『日本官僚制総合事典1868-2000』第2版、186頁。
  5. ^ a b c d 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』82頁。
  6. ^ 『官報』第1311号、昭和6年5月16日。
  7. ^ 『官報』第5802号、昭和21年5月21日。
  8. ^ 『官報』第1499号・付録「辞令二」1931年12月28日。

参考文献[編集]

  • 秦郁彦編『日本官僚制総合事典1868-2000』第2版、東京大学出版会、2007年。
  • 霞会館華族家系大成編輯委員会『平成新修旧華族家系大成』下巻、霞会館、1996年。
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 人事興信所編『人事興信録』第14版 下、1943年。


日本の爵位
先代:
叙爵
男爵
東久世家(分家)初代
1897年 - 1947年
次代:
華族制度廃止