東京ブギウギ

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東京ブギウギ
笠置シヅ子シングル
リリース
規格 シングル
録音 1947年
日本の旗 日本
ジャンル ブギ歌謡曲
レーベル 日本コロムビア
作詞・作曲 鈴木勝(作詞)
服部良一(作曲)
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東京ブギウギ」(とうきょうブギウギ)とは、鈴木勝作詞服部良一作曲笠置シヅ子の歌唱により、1947年発表(ただしレコード発売は翌年1月)されてヒットしたブギのリズムによる日本の歌謡曲であり、「青い山脈」「リンゴの唄」などと並んで、戦後の日本を象徴する曲として有名である。

概要[編集]

1947年12月公開の日本映画「春の饗宴」劇中歌[1]

東京ブギウギの大ヒットは、当時笠置が10月14日から翌月まで公演を行っていた「踊る漫画祭・浦島再び竜宮へ行く」(日劇)の挿入歌として歌われたことがきっかけとされている。ただし、この曲が最初に歌われたのはそれ以前の9月、大阪の梅田劇場(現・HEP)でのことであった。

作曲した服部は、電車に乗っている時レールのジョイントの音と吊革の網棚の淵に当たる音からメロディを思いつき、急ぎ駅を降り飛び込んだ喫茶店のナプキンに書いた。ただし、小川寛興の証言では、楽譜を紛失した服部が記憶をもとに書き直したものとしている。なお、笠置の吹き込み時にはスタジオに米軍関係者も詰めかけ、彼らの声援の中大乗りの雰囲気で行われた。

当時、歌手は直立不動で歌うのが通例であったが、笠置は舞台上をダイナミックに動き回りながら歌い踊っており、その姿は戦後の解放的な気分の反映であるとされた[2]

このあと「大阪ブギウギ」・「名古屋ブギウギ」などご当地ブギが作られた。

NHK紅白歌合戦では、1953年12月の「第4回NHK紅白歌合戦」で笠置によって歌唱されている。1993年の「第44回NHK紅白歌合戦」では「服部良一メドレー・紅白バージョン」の一節として少年隊が、2005年の「第56回NHK紅白歌合戦」では松浦亜弥が本楽曲を歌唱した。

日本音楽著作権協会(JASRAC)の著作権使用料分配額(国内作品)ランキングでは、2012年度と2013年度の2年連続で年間4位[3][4]2014年度の年間5位[5]2015年度の年間8位[6]と4年連続でトップ10入りを記録した。

また、アメリカでもColumbiaから笠置シヅ子が歌ったものが、Tokyo Columbia Orchestra名義で45回転のシングルレコード(レコード番号Columbia 4-39954)として発売されている。[7]

笠置シヅ子は1955年にこの曲を再録音している。この再録音版は1974年にステレオ化された[8]

カバー[編集]

この歌は、美空ひばり雪村いづみを始め、多くの歌手によってカバーされ続けている。なお、JリーグFC東京の試合において、得点後にサポーターによっても歌われている。

派生曲として2001年、「上海ブギウギ」の曲名でサントリー烏龍茶コマーシャルソングとして中国語でカバーされた。2003年発売のコラボレーションアルバム『烏龍歌集「チャイ」サントリー烏龍茶CMソングコレクション』に収録され、2006年にはaminがカヴァーし、アルバム『百合花』に収録された。

またこれより前の1977年、変則リメイクとして『東京ズキズキ娘』が発売(歌:長良いづみ)、作詞は長沢ローのオリジナルだが、各番の前半は本曲から流用し、中盤・後半は泉八汐のオリジナルだった。なおこの曲には作曲名に「服部良一」もクレジットされた。

脚注[編集]

  1. ^ 春の饗宴一般社団法人日本映画製作者連盟
  2. ^ 太田省一『平成テレビジョン・スタディーズ』青土社、2019年、48頁。ISBN 978-4-7917-7156-1。
  3. ^ 2013年 国内作品分配額ベスト10(金・銀・銅賞関連)、日本音楽著作権協会、2013年。
  4. ^ 2014年 国内作品分配額ベスト10(金・銀・銅賞関連)、日本音楽著作権協会、2014年。
  5. ^ 2015年 国内作品分配額ベスト10(金・銀・銅賞関連)、日本音楽著作権協会、2015年。
  6. ^ 2016年 国内作品分配額ベスト10(金・銀・銅賞関連)、日本音楽著作権協会、2016年。
  7. ^ Tokyo Boogie Woogie, Internet Archive
  8. ^ CD『決定盤 昭和の大ヒット大全集(上)』(日本コロムビア COCP-33813〜5)付属ブックレットより