東京機械製作所

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株式会社東京機械製作所
Tokyo Kikai Seisaksho, Ltd.
種類 株式会社
市場情報
東証1部 6335
1949年5月16日上場
略称 TKS
本社所在地 日本の旗 日本
108-8375
東京都港区五丁目26番24号
設立 1916年大正5年)2月15日
業種 機械
法人番号 9010401020496
事業内容 印刷用輪転機
代表者 木船正彦(代表取締役社長)
資本金 48億9200万円
発行済株式総数 902万7920株
売上高 13,218百万円(連結)
営業利益 386百万円(連結)
経常利益 518百万円(連結)
純資産 9,537百万円(連結)
総資産 18,050百万円(連結)
従業員数 283人(単独), 428人(連結)
決算期 3月31日
主要株主 損害保険ジャパン日本興亜 5.72%
三井住友銀行 4.84%
日本トラスティ・サービス信託銀行 2.92%
日本マスタートラスト信託銀行 2.78%
外部リンク https://www.tks-net.co.jp/
特記事項:各種経営指標は2019年3月期
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旧玉川製造所(2009年撮影)
川崎市中原区新丸子東三丁目

株式会社東京機械製作所(とうきょうきかいせいさくしょ)は、輪転印刷機械専業メーカー。「TKS」のブランド名を使っている。日本国内では新聞輪転印刷機の分野で最大手企業である。近年は、商業印刷機の販売にも注力。

歴史[編集]

内藤新宿農事試験場付農機具工場が芝の三田四国町(現在の本社所在地)へ移転、三田製作所と改称した。当初は農機具、ボイラー、ポンプ、タービン水車製造を目的としたが、やがて鉄道車輌製造に進出、明治期の鉄道車両(客車)製造では平岡工場日本車輌製造に続く規模であったが日清戦争後の恐慌期には注文は激減し鉄道車両製造は撤退を余儀なくされる。その後印刷機械、煙草製造機械などの製造に活路を開いた。近年では輪転機に加え、インクジェット方式の印刷機も製造している。

沿革[編集]

  • 1874年明治7年) - 前身である内務省勧農局工場が創業。
  • 1888年(明治21年) - 東京機械製造株式会社[1]と商号変更。
  • 1906年(明治39年) - 国内メーカーとして初の輪転機を完成。
  • 1911年(明治44年) - 株式会社東京機械製作所と商号変更。
  • 1949年昭和24年) - 東京証券取引所大阪証券取引所上場。
  • 1985年(昭和60年) - 玉川製造所技術センターと本社ビル竣工。
  • 2004年平成16年) - ハマダ印刷機械株式会社の輪転機事業を買収し、三重県伊賀市に株式会社伊賀マシナリーを設立。
  • 2006年(平成18年) - 伊賀市に伊賀工場が竣工。2008年に伊賀テクノセンターと改称。
  • 2010年(平成22年) - 大阪証券取引所上場廃止。
  • 2011年(平成23年) - 生産拠点を玉川製造所から、千葉県木更津市内の工業団地「かずさアカデミアパーク」内に竣工した「かずさテクノセンター」に移転。玉川製造所の跡地は再開発され、複合商業施設(グランツリー武蔵小杉)と超高層マンション(シティタワー武蔵小杉)が建設された。
  • 2012年(平成24年) - 伊賀テクノセンターを閉鎖し、その業務を伊賀マシナリーが継承。
  • 2014年(平成26年) - 伊賀マシナリーを解散。

主力製品[編集]

  • 新聞用・商業用輪転機(新聞、折込広告、電話帳、通販カタログなど)
  • 新聞発送システム(自動分別発送)

事務所[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『日本全国諸会社役員録. 明治27年』(国立国会図書館デジタルコレクション)

参考文献[編集]

  • 沢井実『日本鉄道車輌工業史』日本経済評論社、1998年、42-43頁