東国六腹朝臣

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東国六腹朝臣(あづまのくにむつはらのあそみ)は、毛野地域出身で出自を同じくすると称する、次の6氏族の総称。

記録[編集]

国史[編集]

日本書紀天武天皇13年(684年)11月条では、八色の姓において「朝臣」の姓を授けられた52氏の中に、上毛野君、車持君、下毛野君、佐味君、大野君、池田君の6氏の名が見える。

続日本紀延暦10年(791年)4月条では、池原公綱主らの言の中に、池原・上毛野2氏の出自が豊城入彦命であること、豊城入彦命の子孫である「東国六腹朝臣」は居地によって姓と氏を得たことが記載されている。

また『日本三代実録元慶元年(877年)12月25日条では、上毛野、大野、池田、佐味、車持朝臣が崇神天皇の後裔として同祖だと記載されている。

新撰姓氏録[編集]

平安時代初期の弘仁6年(815年)『新撰姓氏録』では、いずれも皇別の同族として次のように記載されている。

  • 右京 上毛野朝臣 - 崇神天皇皇子の豊城入彦命の後[1]
  • 左京 下毛野朝臣 - 崇神天皇皇子の豊城入彦命の後
  • 右京 大野朝臣 - 豊城入彦命四世孫の大荒田別命の後
  • 左京 池田朝臣 - 上毛野朝臣同祖。豊城入彦命十世孫の佐太公の後
  • 右京 佐味朝臣 - 上毛野朝臣同祖。豊城入彦命の後
  • 左京 車持公 - 上毛野朝臣同祖。豊城入彦命八世孫の射狭君の後

脚注[編集]

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  1. ^ なお左京にも上毛野朝臣の名が見えるが、田辺史系の上毛野氏であり、東国六腹とは異なる。

関連項目[編集]