東山手

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
南山手より望んだ東山手一帯

東山手(ひがしやまて)は、長崎県長崎市の町名(郵便番号850-0911[1])、および地域の名称。後者は隣接する大浦町の一部を含む形で、長崎市東山手伝統的建造物群保存地区として国指定の重要伝統的建造物群保存地区[2][3]に、市指定の東山手・南山手地区景観形成重点地区・東山手ゾーンに選定されている[4]

歴史[編集]

現在の南山手は、江戸時代までは戸町村大浦郷の雄浦と呼ばれていた土地であった[5]1858年(安政5年)の安政五カ国条約締結による長崎港開港後、1860年万延元年)より長崎市内で最初に外国人居留地となった地域である[6][7]。その際に、外国人居留地の東側の山手に位置していたことから、東山手の地名がつけられた[8]。 丘陵地である当地は、居留地として開発された直後は主にアメリカやイギリスの貿易商の借地として利用されていた[8]。その後、湾の埋め立てにより外国人たちは海岸部に移り、当地はアメリカポルトガル領事館が開設され、領事館の丘とも称された[8][9]。領事館の撤退後にはミッション系の学校が開設され、これらは今日も活水学院や海星学園といった形で現存している[9]

1991年(平成3年)4月30日には、近隣の南山手と合わせて重要伝統的建造物群保存地区として選定された[6]

主な施設・建造物等[編集]

出典[編集]

  1. ^ 郵便番号検索 東山手町の郵便番号日本郵便、2017年6月10日閲覧
  2. ^ a b c d e f 伝統的建造物群保存地区 東山手、南山手長崎市公式ウェブサイト、2016年3月22日更新、2017年6月8日閲覧
  3. ^ 長崎市東山手伝統的建造物群保存地区長崎市公式ウェブサイト、2013年3月1日更新、2017年6月8日閲覧
  4. ^ 東山手・南山手地区景観形成重点地区長崎市公式ウェブサイト、2014年1月15日更新、2017年6月8日閲覧
  5. ^ 熊 1993, p. 269.
  6. ^ a b 市文化財, p. 41.
  7. ^ 浜崎 1978, p. 78.
  8. ^ a b c 熊 1993, p. 270.
  9. ^ a b c 市文化財, p. 42.
  10. ^ 熊 1993, p. 271.
  11. ^ 市文化財, p. 28.

参考文献[編集]

  • 浜崎国男 『長崎異人街誌』 葦書房、1978年
  • 熊弘人 『わが町の歴史散歩(1)』 新波書房、1993年
  • 長崎市教育委員会 『長崎市の文化財』 長崎市教育委員会、2009年、第10版。

座標: 北緯32度44分7.05秒 東経129度52分28.59秒 / 北緯32.7352917度 東経129.8746083度 / 32.7352917; 129.8746083